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変わるために必要だったのは 変わっていく姿を見ること

5/13(土) 15:30配信

Book Bang

 人は大人になればなるほど、価値観は凝り固まり恐怖心も相まって、「自分」を変えることがなかなか難しくなる。でも、人は、変われる、変わる。どのようにして? 人と出会い、人と会話することによって。

 その真実を、恋愛(片思い)という関係性に注目しながら、畑野智美は小説の中で描き出してきた。代表作は、図書館を舞台にした『海の見える街』や、東京ウエストサイド群像劇『感情8号線』。では最新長編『家と庭』はというと、「オレの家族」と「オレの庭=生まれ育って今も暮らす街」の物語だ。そして、やっぱり、恋愛の物語。

 冒頭シーンの姉と弟の会話が、この物語のカラーを決定付けている。「あんた、いつまで寝てんのよ!」「朝までバイトだったんだよ」。一拍挟んで、「いつまでバイトしてんの?」「朝までって言ってんだろ」「そういう意味じゃなくて、いつまでフリーターでいるつもりなの?」

 主人公の中山望(「オレ」)は、東京ど真ん中の誰もが知る街・下北沢にある一軒家で、「実家暮らし」をしている二十四歳フリーター。庭の桜が咲き誇る春の日、長姉の葉子が幼稚園児の娘メイを連れて、この家に帰ってくる。父は現在、ジャカルタに単身赴任中だ。長女と娘、次女、妹、母、五人の女達に囲まれながら、男一人で身を縮こめる日々が始まる。比喩ではなく、立つと頭がぶつかる屋根裏部屋に押し込められて。

 中山家を舞台に、望と家族とのさまざまな組み合わせによって繰り出される会話がとにもかくにも、にぎやかで楽しい。その楽しさは、家の外にも広がっていく。望が大学時代から丸六年バイトをしている地元のマンガ喫茶、ヨージさんが勤める老舗バー、子供達からサニーと呼ばれる晴美が講師の幼児向け英語教室、「天狗のお寺」……。

 楽しい会話の中には、切実さも滲む。女城主としか言いようのない葉子は無敵キャラに思えるが、夫に対して「好きだけど一緒にいたくない」という感情を抱き、品川の家に帰れない。次女の文乃は、一人では電車やバスに乗ることができず街の外に出ることが叶わない。三女の弥生は、高校卒業後の進路に悩んでいる。「下北沢は便利だし好きなんだけど、抜け出せなくなる気がする」。東京出身だからこそ、「上京」によって環境を変え自分を変える、という通過儀礼の機会が奪われている。

 外側から見た下北沢は、カフェや古着屋が並ぶおしゃれな街だ。でも、内側から見ると、生活感に溢れた下町。その一方で、若者達が小劇場に集まる演劇の街でもある。マンガ喫茶のバイト仲間で、なぜか中山家に出入りする林太郎(望とのお決まりのやり取りは「お邪魔してます」「なぜ、お邪魔してる?」)は、俳優になる夢をひたむきに追っている。

 この街を出て叶えるのか、この街で叶えるのか。いずれにせよ、主要登場人物はみんな、将来のことを考えている。ところが望という人は本当に、のんびり屋なのだ。家族思いだし他人の気持ちも想像できる人なのだが、自分の将来に対しては家業のアパート経営を継げばいいやと、切実さが感じられない。女の子のことを追い掛けもするが、思いは結局呑み込んでしまう。幼馴染みのあまねとの関係には男女の友情を主張し、〈お互いの家族をよく知っているから、将来を考えずには付き合えない。その重さが距離を作ったんだとも思う〉。駅前では再開発が行われ日に日に変わっていく街の中で、望だけが、変わらない。

 驚くべきは、こんな人であるにもかかわらず、変われる、変わるということなのだ。どのようにして? 人と出会い、人と会話するだけでは、彼の場合は足りなかった。大事なことは、人が変わっていく姿を、間近で目撃することだった。

 登場人物達の勇気ある決断と、それがもたらす変化を目撃し続けていった先で、自分も変われる、変わりたい、と思えるようになる。それはたぶん、望だけじゃない。読者にも本気でそう思わせる力が、この小説にはあるのだ。

[レビュアー]吉田大助(ライター)

KADOKAWA 本の旅人 2017年3月号 掲載

KADOKAWA

最終更新:5/15(月) 10:31
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