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【国際プロレス伝】猪木の髪を切る暴挙。 ファンの憎悪は頂点に達した

5/15(月) 8:00配信

webスポルティーバ

【第9回】アニマル浜口が語る「国際プロレスとはなんだ?」

 1981年9月23日、田園コロシアムで行なわれた新日本プロレスの興行に乗り込んだラッシャー木村とアニマル浜口。リングに立った木村は、新日本に殴り込む決意を表明すべく、マイクを握った。そのとき放たれた第一声が、「こんばんは」。これが、プロレスの歴史に刻まれることになった「こんばんは事件」だ。アニマル浜口は、笑いに包まれた会場の空気を変えなければならないと考え、行動を起こした。

【写真】田園コロシアムに乗り込んだアニマル浜口とラッシャー木村


■国際プロレスのエース・ラッシャー木村(4)

「マズイな……と感じてね。ここはアニマル浜口が何か言わなきゃと思ったら、リングサイドに対戦が決まっていた剛竜馬選手の姿が見えたんで、まずは挑発してやったんです。剛選手は、そのときは対戦相手でしたけど、もともとは国際プロレスで一緒にやっていた仲間だから。目と目が合ったとき、やっぱりどこか通じ合うものがあったんでしょう」

 燃え上がる炎にも負けない、真っ赤なドレスシャツを着ていたアニマルが吠えた。

「10月8日は絶対、我々が勝ちますよ。来いよ、お前。待っとけよ。10月8日、見ていてくださいよ」

 対するアントニオ猪木は、「ふざけるな」と言わんばかりに木村、浜口を睨み続けたまま、リングアナウンサーが向けたマイクをさえぎり、ノーコメントだった。

「自分たちの大将である木村さんが笑われたということは、吉原(功/よしはら・いさお)社長が心血を注いだ国際プロレスが笑われたのと同じこと。アニマル浜口の青春を、故郷を、恩師を笑われたのと同じことなんです。黙っていられるかと。ここでおとなしくしていたら、自分が歩んできた道を、自らの人生を僕自身が否定することになる。だからあのとき、僕は前へ出てマイクを握り、吠えたんです。

 木村さんという人は、そういうことも全部わかっていて、僕に道を譲ってくれたのかもしれないですね。アニマル浜口にふさわしい出番をくれたのかなぁ。木村さんは身長185cmで体重125kg、僕は178cmで体重は100kgちょっと。木村さんは何もしないで立っているだけでもプロレスラーとして絵になるけど、僕はアクションをしないといけないから。

 それに、人間というのは肚(はら)を決めると、度胸が据わるんですよ。僕がプロレスラーになると決めてから、母はよく祖父の話をしてくれました。祖父は島根県の浜田という、荒波の日本海に面したところで漁師をしていたんです。

『お前のおじいさんはね、船乗りだったけど、艪(ろ)をへし折るぐらいの力持ちだったんだよ。豪気で、仲間とのケンカで銛(もり)で刺されたときも、意識が薄らぐなか、自分の血で相手の名前や時間を書き残したそうだ。最期は嵐に巻き込まれて亡くなったけど、自分の身体をしっかりとマストに縛りつけていて、何日か経ってそのままの姿で発見された。命果てるまで、肝が据わっていた』と。

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