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元女性トラック運転手「命、賠償額…ブレーキを踏む時は、あらゆることが同時に脳裏に浮かぶ」

5/15(月) 16:20配信

HARBOR BUSINESS Online

 家業の工場を手伝いながら、日本の技術の尊さ、工場職人やドライバーの日々の苦労を身近に感じてきた筆者。前3回に渡り、日本の職人について述べてきたが、ここで再びトラックドライバーの仕事について話を戻してみたい。

 筆者が大型免許を取得するべく地元の教習所へ赴いたのは、条件に則り、普通免許を取得して3年後の20代前半。必要書類を提出した際、「女性」と「大型」がともにマルで囲われてあることで、何度も確認に呼ばれたのを覚えている。

 教官が変わると、その度に50分の教習時間は「どうして大型免許を取るのか」を説明する時間と化し、時には「橋本さんね、他の教習生のわき見の対象になってるんだよ」という、本人にとっては心の底からどうでもいい苦情色漂う報告を受けたりもした。

 そんな教習所での思い出の中でも一番衝撃的だったのは、やはり初めて大型トラックに乗った日だろう。

 待合室から教習中のトラックを見る限り、大して難しそうには見えなかったが、自らが乗った時の衝撃はすさまじかった。

 マニュアル車を運転するのは、普通車の教習時以来3年ぶり。そもそも車幅も振動も目線も普通車とは別物だったゆえ、その頃の感覚を思い出したとしても全く使い物にならなかったが、結局最初の教習で動かしたトラックの距離は、エンストで稼いでも10メートルもなかった。

 教官いわく、他の教習生は仕事ですでにトラックに乗った経験のある人がほとんどで、筆者のように、いきなり大型の運転席に座る人間は、一部のマニアくらいのものらしい。あまりの緊張に、教習が終わると毎回背中はその日の水分を汗として全て出し切っていた。

◆積荷状態を前提に作られている、トラックのブレーキ

 それでも教習を重ねるごとにトラックを動かせる距離は伸びていき、内輪差やギアチェンジにも徐々に慣れていったのだが、最後まで筆者を悩ませたのが、ブレーキだった。

 4トン以上のトラックのほとんどに搭載されている「エアブレーキ」は、空荷(荷物を積んでいない状態)の際に乗用車と同じ感覚で踏むと、すごい勢いで止まる。特に低速で運転している際は、前ではなく上に体が飛び上がるほど激しくつんのめり、すぐにエンストを起こすのだ。

 なかなかコツをつかめない筆者に、教官は若干イライラしながら「2ミリずつ踏んで」と繰り返すが、その曖昧にもほどがある角質3層分の注文に、混乱は深まる一方で、一時はこの最も大事なペダルを踏むのがトラウマにさえなった。以降、靴ひもがゆるかったり、いつもと違う靴を履いていたりするだけで、ブレーキの善し悪しが変わるという不安定ぶりを発揮する。

 こうして他の教習生よりもたっぷり時間をかけて取得した大型免許だが、現場で初めて金型をめいっぱい積んで走った際に、どうして空荷のブレーキがこれほどにまで利きやすいのか理解できた。空荷とは逆に、いくらブレーキを踏み込んでもなかなかトラックは止まってくれないのだ。当たり前と言えば当たり前なのだが、つまるところトラックは、「荷物を積んだ状態」をベースに、ブレーキが作られているのである。

◆トラック運転手が急ブレーキをかける時は、さまざまなことが脳裏に浮かぶ

 以前の記事で、「ノロノロと走っているのは、そう走りたくて走っているのではなく、走れないのだ」と述べたが、多くのトラックがああやって車間を大きく空けてゆっくり走るのには、実はもう1つ理由がある。

 後ろに積んだ荷物を守るためだ。

 ただでさえなかなか止まらないトラック。できるだけ急ブレーキを踏まなくてもいいよう、車間距離を十二分に空けているのだ。

 それでも急な割り込みなどで急ブレーキを踏まなければならない時、ドライバーの脳裏には、様々な思いがよぎる。ほんのわずかな瞬間だが、本当に色んなことを考える。

 何を積んでいたか、総額いくらか、しっかり固定してあったか。時には急ブレーキを踏む「価値」はあるか、といったことも。ドライバーは、前の安全はもちろんだが、積んでいる荷物のことを常に意識しながら運転しているのである。

 箱車(大手宅配便トラックのような積み荷が箱型のトラック)の場合、宅配荷物や家具など、こまごましたものを積んでいると、急ブレーキを踏むことで後ろが荷崩れを起こす。しかも、それによって中身が破損・故障した場合、その大半は運送業者に賠償責任が発生する。

 一方、平ボディ(荷台が箱ではなく、フラット型のトラック)やトレーラーの場合は、基本的にクレーンやフォークリフトでないと積めないものを積んでいることが多いため、急ブレーキを踏んだ際、大きな荷滑りを起こす。筆者が運んでいた金型もこのパターンで、急ブレーキを踏むことで金型同士がぶつかったり転がったりしないよう、常に心掛けていた。

 そして最も怖いのが、この荷崩れや荷滑りが、時として運転席を潰すことがあるということだ。

 急ブレーキが強ければ強いほど、慣性の法則も大きく働き、後ろの荷物が運転席に襲い掛かってくる。筆者も一度、高速道路を運転していた際、前の車が落とした大量の段ボールに驚き、急ブレーキを踏んだことがあるが、その直後に荷台から大きな音がし、背中が凍り付いたことがある。すぐさまサービスエリアで荷台を確認してみると、大きな鉄の塊と運転席の距離はわずか数センチだった。

 さらには、積んでいるのが、「生き物」である時。

 特に競走馬などを運んでいる時に、段ボールが転がってきたくらいでは、ほとんどの場合は急ブレーキを踏まない。

 馬を運ぶ車を「馬運車」と言うが、この馬運車を運転する際、「急」のつく運転は、他種車運転時以上にタブーとされている。転ばぬように狭いスペースに立っている車内のセンシティブな競走馬にとっては、振動や衝撃は大きなストレスとなり、場合によっては骨折などの大きなけがの原因にもなる。さすればレースに支障をきたすだけでなく、彼らの命にまで直結してくる問題となるのだ。

◆ジェンガのように荷物を積む職人技の世界

 一般的に、トラックの荷台への積み込み作業は、ドライバー本人が行う。

 箱車の場合は、1つひとつドライバーが手で積み込むことが多い。前回まで述べた通り、ドライバーの高年齢化が進む中、これらの業務は必然的に激務と化す。

 ただ積み込めばいいわけではない。多くの荷物を荷崩れが起きないように積むには、かなりの技術を要する。同じ方向に積んでしまえば軽いブレーキ1つで荷崩れを起こすため、「ジェンガ」のように積み方を複雑化させ、さらにカーブでの遠心力や突風に負けぬよう、重いものを下にして低重心を意識しながら積み上げていくのだ。

 平ボディのトラックの積み込みには、クレーンを使用することもあるため、これらの資格が必要になる。筆者も大型免許を取るのに伴い、クレーン免許や、玉掛け取得のための講習にも並行して通った。

 運搬物1つひとつが重い場合が多いため、どの位置にその荷物を積んで固定するか、その後追加の荷物がどんなもので、どのくらいの重さのものを積むかを把握しながら作業をしないと、坂道走行中に運転席がシーソーの原理で持ち上がり、車がひっくり返るといった危険性も伴う。

 このように、トラックが急ブレーキを踏んだ際の危険は、前にだけあるわけではない。どんなにしっかり固定しても、どんなに組み合わせて段ボールを積んだとしても、強く急ブレーキを踏めば、積み荷だけでなく、ドライバーの身にも危険が及ぶ。

 トラックが空けている車間には、不測の事態に対処するための必要最低限の距離であることがある。高速道路での無理な割り込みや、無意味なブレーキは、誰にとってもプラスにはならない。

 互いが帰るべき場所に帰れるよう、心にも車間にも余裕を持ってハンドルを握ってほしい。<文/橋本愛喜>

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:5/15(月) 18:00
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