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大政奉還から150年、坂本龍馬の故郷・土佐へ!「志国高知 幕末維新博」開催中!

5/16(火) 12:30配信

旅行読売

 徳川幕府最後の将軍慶喜は、150年前の1867年、政権を朝廷に返す「大政奉還」を決断、日本は近代化に歩み出す。
 薩摩藩の西郷隆盛、長州藩の桂小五郎、幕臣の勝海舟らと渡り合い、決定的な役割を果たしたのは土佐藩出身の志士、坂本龍馬、中岡慎太郎らだった。
 幕末への旅の手始めに、まず彼らの故郷の山河や海を見て歩いた。

 欧米の軍艦が開国、通商を求めて日本近海に出没した幕末期、長い海岸線を抱えた土佐藩では、国の将来への不安はひときわ高かったはずだ。風光明媚な高知市の桂浜で、太平洋を見すえる坂本龍馬像の眼は「日本を近代化し、外国と堂々とつきあっていこう」と言っているように思えた。
 志士たちの故郷を訪ねる旅は、高知市上町、龍馬の生家跡地の一角に立つホテル「龍馬の宿 南水」から始めた。ロビーなどにパネル写真や資料が所狭しと並ぶ。ホテルの宮村耕資社長は「私たち高知の人間は『さん』付けなどせず、ただ『龍馬』と呼びます。それだけ身近な存在なのです」と言う。
 近くには、「志国高知 幕末維新博」(2019年3月末まで開催)の地域会場「高知市立龍馬の生まれたまち記念館」があった。人形を使った展示では、土佐藩の下級武士である郷士身分に生まれた龍馬が、市井の人々と交わりながら育つ様子が再現されていた。開国に動く幕府と、朝廷を奉じ、外国船を追い払おうとする尊皇攘夷派の対立が深まる日本。この地でも尊皇攘夷の土佐勤皇党が結成され、龍馬も1861年に加わった。
 高知市の西方の、やはり同博地域会場の「佐川町立青山文庫」に志士たちの手紙が多数あると聞き、車を走らせた。龍馬や長州藩の高杉晋作らの手紙を収集したのは、佐川町出身の下級武士で龍馬の同志だった田中光顕(みつあき)だ。

日本一透明な川の水に志士たちの澄んだ眼を思う

 佐川町には、全国の1級河川で水質トップの清流、仁淀(によど)川が流れる。上流に行き、支流の中津渓谷におりてみた。美しいエメラルドグリーンの水面から水底の石や魚
がはっきりと見えた。交通の不便な山間の地で生まれながらも、日本全体の行く末を澄んだ眼で見通した志士たちのことを思った。
 土佐勤皇党に加わった翌年、脱藩を決意した龍馬は高知を出て、佐川町を通過、北西へ向かった。そのルートをたどってみる。
 いよいよ龍馬脱藩の地。同博地域会場の一つ「梼原(ゆすはら)千百年物語り」には、龍馬を助けた地元の志士たちの肖像があった。
 高知市内に戻った翌日、幕末維新博メイン会場「高知県立高知城歴史博物館」に行く。展示の目玉は、龍馬が京都で暗殺される5日前に書いた手紙で「新国家」という言葉が使われている。死の直前まで、新しい国づくりの夢を描いていた龍馬の思いが伝わってくる。

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最終更新:5/16(火) 12:30
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