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老舗牧場の歴史を紡ぐレーヌミノル。オークスで「新たな伝説」となるか

5/17(水) 7:40配信

webスポルティーバ

 競馬の世界では時として、馬と人が織りなす信じられないドラマが生まれる。馬と騎手、馬と調教師、そして馬と生産者――。

【写真】レーヌミノルのライバルは?

 この春、8番人気ながらGI桜花賞(4月9日/阪神・芝1600m)を制したレーヌミノル(牝3歳)は、生産者との強い絆を持つ1頭。その人馬の歩みは、まさにひとつのドラマだった。そして、続くGIオークス(5月21日/東京・芝2400m)でも新たな”物語”が紡がれようとしている。

 レーヌミノルが生まれたのは、北海道のフジワラファーム。この牧場にとって、彼女の血統はまさに牧場の歴史そのものだった。それについて、代表の藤原俊哉氏が説明する。

「レーヌミノルの血統は、4代前のヤマトタチバナから牧場で持ち続けているんですよ。ヤマトタチバナがいたのは、もう50年以上も前のこと。私は今58歳ですが、同じ歳だった彼女のことはよく覚えています。私が小学校に入る前、親父が牧場を始めたばかりで、まだ(牧場には)数頭しかいなかった時代ですからね。その血統がやがてGIをプレゼントしてくれることになるんですから、本当に感慨深いものがあります」

 フジワラファームは、俊哉氏の父・昭三氏が1960年代前半に始めた牧場だ。その頃から、この血統を大切にしてきた。

「この一族からは、コンスタントに活躍馬が出てくれたんですよね。ヤマトタチバナが産んだカミノロウゼンは1976年の桜花賞に出走しましたし、ヤマトタチバナの孫でレーヌミノルの祖母であるプリンセススキーは重賞を勝っています。そういったこともあって、この血統を持ち続けてきたのだと思います」

 牧場にとって、カミノロウゼン以来の桜花賞出走となったのが今年。およそ40年ぶりの出走で、しかもタイトルまで獲得したのだから、藤原氏が驚くのも当然のことだった。

 そんなレーヌミノルがデビューしたのは、昨年8月。新馬戦を快勝すると、続くGIII小倉2歳S(9月4日/小倉・芝1200m)では6馬身差の圧勝劇を演じた。

 実はこの少し前、牧場の創業者である昭三氏が亡くなった。牧場を開き、何十年にもわたって経営してきたその人の死に対して、まるでゆかりの一族が弔うかのような勝利だった。

 とはいえ、レーヌミノルに関わる人々にとって、彼女の重賞制覇は決して予想外のことではなかった。フジワラファームはデビュー前の育成施設も有しており、レーヌミノルもそこで調教を積んできた。藤原氏によれば、当時から「(レーヌミノルは)時計を出そうとすればいくらでも出るので、これなら早い時期から活躍できると思っていた」という。その手応えどおり、デビュー戦からの連勝で重賞タイトルを手にしたのだ。

 ただそれ以降は、桜花賞に至るまでなかなか勝ち星をつかむことはできなかった。GII京王杯2歳S(2016年11月5日/東京・芝1400m)で2着、GI阪神ジュベナイルフィリーズ(2016年12月11日/阪神・芝1600m)で3着などと、惜しい競馬を重ねながらも勝利にはあと一歩届かなかった。桜花賞直前のGIIフィリーズレビュー(3月12日/阪神・芝1400m)でも、1番人気に推されながら2着に敗れてしまった。

 こうした状況にあって、桜花賞前にはレーヌミノルに対して「早熟ではないか」という評価も上がっていた。しかし藤原氏は、何ら悲観することはなかったという。

「桜花賞までは、勝ち負け以上に経験を積むことが優先という方針だと厩舎の方から聞いていました。ですから、負けてもそれほど気にしてはいませんでした。そもそも、そんなにうまくいく世界ではないですからね。でも結局、(惜敗を重ねた)あそこでの経験が生きて桜花賞を制したわけですから、厩舎の取り組みがよかったと思っています」

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