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ボルダリング・ライバル物語「同い年のスター、楢崎智亜を追いかけて」

5/17(水) 17:46配信

webスポルティーバ

 姿が見えなくなるほど遠い存在になっていたライバルの背中が前方にチラリと見えた――。

【写真】BWC女子の優勝は、18歳美少女

ボルダリング・ワールドカップ(以下BWC)八王子(東京)が終わってからの数日間、これまで体験したことのない筋肉痛に苛(さいな)まれながらも、その手応えを離さないようにギュッと握りしめていた。

 彼の名は石松大晟(たいせい)。1996年生まれの20歳は、普段はプロフリークライマー・平山ユージ氏のクライミングジムでスタッフとして働く。6位になったBWCの翌日こそ休んだものの、その後は通常勤務に戻っている。

「決勝に残ることを目指してきたので、僕は満足しているんですが、親からのLINEはあっさりしたものでした。まぁ、優勝したわけじゃないので。ただ、佐千さん(※1)に試合後の会場で、『順位よりも、この舞台に立てたことが大きいよ』と言われて。この1年を振り返ると本当にそうだなって」
※1 安間佐千。1989年生まれのプロフリークライマー。2012年、2013年のリードWC年間王者。現在は競技を引退し、岩場での活動を精力的に行なっている。

 時間を2016年まで巻き戻そう。石松は2016年1月のボルダリング・ジャパンカップ(以下BJC)で4位になり、初めてBWCのB代表の座を射止めた。ただし、S代表、A代表とは異なり、B代表は遠征費などが協会から出るわけではない。高校卒業後にクライミングで食べていくことを夢見て上京した社会人1年生にとって、同年4月に日本で行なわれるBWC加須(かぞ)に照準を合わせて、トレーニングに熱を入れるのは当然のことだった。

 しかし、スポーツクライミングの東京五輪での追加種目入りに向けて9年ぶりに国内開催となったBWC加須の初日の予選に石松の姿はなかった。直前の4月上旬に傷めていた左手がトレーニングに耐え切れなくなり悲鳴をあげたのだ。骨折と診断されて出場を断念。気持ちに踏ん切りをつけた矢先の4月16日、マグニチュード7.3の本震が石松の地元・熊本を襲った。

「実家の被害は小さかったけど、やっぱりショックで……」と当時を思い出すと、いまでも言葉は少なくなる。

 石松が度重なる試練を前にもどかしい日々を送っていた頃、世界の舞台で輝きを放ち始めたのが同じ1996年生まれの楢崎智亜(ならさき・ともあ)だ。若くして将来を嘱望され、高校3年時に家族の援助を受けてBWC5戦に参戦して、中国・海陽大会では5位。卒業後はプロスポーツクライマーとして平山ユージ氏のジムとマネジメント契約を結んだ。当初はその才能をコントロールできずに成績は安定しなかったが、BWC加須の翌週に行われた重慶大会で初優勝すると、瞬く間にスポーツクライミングの頂点にまで駆け上がった。

 国内戦のBJC2016では15位だった楢崎を上回る4位の成績を残した石松。同年代の先頭を走るライバルに追いつきかけた矢先、再び楢崎が国際大会で華々しい成績を残していく。その活躍をただ眺めるしかなかった石松に、シーズン最終戦、8月のミュンヘン大会で念願のBWC初出場の機会が訪れる。金髪に染めて目立つ気満々で臨み、予選を3位タイで通過したが、準決勝18位で散った。そのミュンヘンで最も輝いたのが楢崎だった。決勝4課題をただひとり全完(すべての課題を完登)して優勝、逆転でのBWC年間王者の座についた。

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