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対北経済制裁をいかに効かせるか、過去の中国の「失敗」に学ぶ

5/17(水) 16:43配信

ニューズウィーク日本版

この4月に大きなヤマ場を迎えた北朝鮮と米国の軍事衝突の危機はひとまず通り過ぎた。核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射強行の可能性を横目でにらみながら、今後はしばらくの間、「外交の季節」となる模様だ。もちろん、単純な「対話」ではなく複雑で難解な経済制裁をめぐる「やりとり」の局面が、今後半年から一年間にわたり続くことになる。

外交モードも強気の対応

他方、この制裁期間に合わせて、北朝鮮は「外交モード」に切り替える様相を見せている。その兆候なのだろう、2017年4月開催の最高人民会議(国会)で「外交委員会」が19年ぶりに復活した。

ただし、同委員会の復活が、6カ国協議への復帰や日朝交渉の再開など、平和外交に転じる軟化の兆しと見るのは早計だ。むしろ「堂々たる核保有国の地位にふさわしい外交」、つまり力を背景にした強気の外交を繰り出すことに真意がある。核保有国の米国や中国とは対等にわたり合う一方、核を持たない韓国や日本には「核の優位」を誇示する高圧的な外交を展開する腹積もりとみられる。

【参考記事】日本にミサイル攻撃能力の強化は必要か

その片りんは、既にうかがうことができる。金正男氏暗殺事件をめぐっては、平壌駐在のマレーシア大使館員を「人質」に取り、長年の友好国であるマレーシア政府の捜査要求にほとんど応じなかった。恒例の米豪合同軍事演習の機会には、北朝鮮はオーストラリアに「核攻撃」の脅しを公然とかけている。

その一方で、経済制裁の強化をめぐり、北朝鮮は最近、中国を名指しで激しく非難している。そこには「無謀な妄動がもたらす重大な結果」や「破局的な事態」などの異様な表現が並ぶ。核武装を背景にした北朝鮮の脅し文句だ。

危機の現実の直視を

ともかく、一時的ではあれ軍事的衝突の危機は先送りとなった。関係国としては、これによって生まれた時間の余裕を有効に使い、経済制裁の効果を見守りつつ、直面する危機の現実を吟味し直す作業が急がれる。それが近い将来に再び訪れるであろう大きな危機に備えることにつながる。

一触即発の危機感を反映して、北朝鮮問題が専門ではない学者や評論家が多数加わり、各種メディアに解説や提言があふれた。うなずけるものもあるが、首をかしげたくなる議論も多い。20年以上も前に散々語られた非現実的な議論が蒸し返されていた。軍事衝突の初日だけでソウルで100万人以上の犠牲者が発生する、あるいは日本に10万人以上の北朝鮮難民が大量に流入する――。これらの議論は根拠が著しく乏しいか、根拠を一切欠いている。常識的に見てあり得ない想定を積み重ねてつくり上げられた「物語」だ。現実的な想定で計算し直せば、被害規模は少なくとも3桁は縮むとみられる。



非現実的な物語の根底にある政治的な意図はともかく、それから導き出される「最適解」は昔も今も大差ない。つまるところは「現状維持」である。だが、その現状維持を20年以上も続けたせいで、事態は悪化の一途をたどった。北朝鮮が保有する大量殺傷兵器の脅威は韓国だけでなく、今や日本(そして中国)にまで広がったのだ。

経済制裁は他の手段と組み合わせで

厳しい現実に直面して、さすがに対話一辺倒の現状維持論は影を潜めた。その代わりに、経済制裁強化による「平和的」な問題解決に望みを託す論調が増えた。

金正恩政権に対する経済制裁は効果が期待できるのかどうか。さらに言えば、経済制裁が「軍事制裁の代案」となり得るのかどうか。以下では、この点について再吟味を加える。

その前に、経済制裁について一般的な留意点を二つだけ確認しておく。

一つは、体制の変更や政権の交代ではなく、相手国による特定の政策を変更させることを目的とすること。北朝鮮の場合、核放棄が政策目標となる。経済制裁が内紛や政変につながることがあるにしても、それは副次的な効果にすぎない。その政治的効果を期待できるかどうかは、ひとえに相手国の能力と意思に懸かってくる。

もう一つは、経済制裁は武力行使の対極に位置する「平和的」な手段ではないこと。残念ながら、経済制裁と人道主義は両立しない。「制裁は戦争よりも効く」という意見には、十分に耳を傾ける値打ちがある。制裁では1発の銃声も響かないが、戦争よりも犠牲者が少なく済むとは限らない。深刻な問題は、まるで「狙い撃ち」したかのように相手国の社会的弱者ばかりを犠牲にする副作用が必然的に伴う点だ。

この副作用を最小限に抑える方法は、他の手段との「合わせ技」で、可能な限り早期に目的を達成することである。最悪なのは、目的を果たせないまま、いたずらに経済制裁を長引かせることだ。

習政権の本気度を見極め

米国のトランプ政権は北朝鮮問題で、オバマ政権下の「戦略的忍耐」(現状維持)を放棄する大きな政策転換を図った。16年11月の国連決議に基づき、北朝鮮への経済制裁を格段に強化する積極的な関与政策へとかじを切る。特筆すべき点は中国を経済制裁に同調させたことだ。

今回の制裁は次の二段構えだ。北朝鮮のエネルギーと資金の源泉を断つために、中国が石炭と石油の「禁輸」(人道目的は除外)を仕掛ける。そして、米国が「第三国制裁」や「テロ支援国再指定」の独自制裁の包囲網で抜け穴をふさぐ。



この制裁では、中国が鍵を握る。この点でトランプ政権は習近平政権の協調姿勢を「ほめ殺し」とも言える程の持ち上げようだ。だが内心では、今回も中国の「本気度」に疑いの目で見ているだろう。それに備えて、政権交代と武力行使の選択肢を次の段階として準備する。現段階では「中国に影響力がないのか、それとも影響力を行使しないのか」を見極める構えだ。

他方、習政権は国連決議を守る姿勢を見せながらも、中国の役割については「限界」をたびたび表明する。「問題解決の鍵を握るのは中国ではなく米国だ」との立場である。北朝鮮による核放棄の意思表明を前提条件に、平和協定締結に向けた「米朝直接対話」の必要性を繰り返す。

この中国の姿勢は、単なる言い逃れの「方便」なのか、それとも「本音」なのか。結論から言えば、両方とも正しい。

大量の開発物資を既に備蓄

制裁の目的が北朝鮮の核兵器開発を技術的に阻止することにあるなら「手遅れ」だ。06年に発動された国連制裁は、北朝鮮に対する核兵器開発関連物資の禁輸が中心だった。だが、中国が同調しなかったせいで制裁の効果は十分には上がらなかった。その間、北朝鮮は、将来の制裁強化に備え、既に相当量の開発関連物資の備蓄を終えている。

経済制裁では、北朝鮮から核ミサイル開発の「能力」をもはや奪えない。そうなら「意志」をくじくしかない。だが、金正恩政権は核保有を「生命線」と公言する。

上述したように、経済制裁は政権交代の道具立てとしては元から不向きだ。実際、ティラーソン米国務長官は「北朝鮮の政権交代を目指すものではない」と言明した。現状の「制裁局面」を踏まえた妥当な発言だ。

【参考記事】北朝鮮をかばい続けてきた中国が今、態度を急変させた理由

同じように、中国も自身の役割の「限界」を苦い経験から痛感する。20年ほど前、一般的にあまり知られていない事実があった。1992年、中国の江沢民政権は北朝鮮の金正日政権に「本気」で無言の独自制裁を仕掛けた。その理由は北朝鮮の秘密核開発だった(これについては本誌16年12月6日付の拙稿「【北朝鮮】第2次朝鮮戦争に突き進む? 北朝鮮-核・ミサイル進展で日本の切り札でなくなる拉致」参照)。

制裁継続する意思を

91年のソ連崩壊で、北朝鮮は経済面で危機に直面したのと同時に、核兵器開発の好機に恵まれた。旧ソ連圏の混乱に乗じて、ウクライナとカザフスタンから合計3個ほどの小型核弾頭をひそかに入手した。これに加えて、失業したロシアの核技術者を高給で雇い入れ、核兵器開発を本格的に始動した。

【参考記事】北朝鮮・シリアの化学兵器コネクション



中国は北朝鮮の不穏な動きを察知、早くも92年に北朝鮮への食糧と原油の援助を急激に絞った。中国に無断で進める核開発の阻止が目的だった。これが直接的な引き金となって、90年代後半に北朝鮮で未曽有の大飢饉が起きた(これについては拙稿「『反中国の怪物』になった金正恩」「Voice」16年5月号参照)。

94年には北朝鮮への経済支援と引き換えに核開発を凍結する「米朝枠組み合意」(ジュネーブ合意)が締結された。それでも江政権は決して警戒を解かなかった。90年代全般を通して、10万人規模の難民の大量流入を見ながらも、独自制裁の手を緩めなかった。

それでも金正日政権は中国の制裁圧力に屈しなかった。30万人とも100万人ともされる餓死者を出しながらも、核兵器開発の意志を貫き通した。飢饉(ききん)最盛期の98年には、弾道ミサイル供与の交換条件による「代理実験」方式で、パキスタンで北朝鮮製原子爆弾の地下核実験に初めてこぎ着けた。同年には韓国では「太陽政策」を唱える金大中政権が誕生した。

この親北左翼政権の登場を見て、江政権は独自制裁に終止符を打つ。韓国が北朝鮮への経済支援に乗り出せば、中国の独自制裁が効き目を大きく失うことになるからだった。そこで江政権は経済制裁の限界を悟り、安全保障上の「次善の策」として00年には対北支援に逆戻りした。これで北朝鮮の大飢饉は終息したが、北朝鮮の核兵器は増え続けた。

死屍累々の惨状の上で、北朝鮮は中国との経済制裁の持久戦に「勝利」した。北朝鮮が大飢饉を「苦難の行軍」と称するゆえんだ。ともあれ、この経済制裁は、北朝鮮の国民を極限まで苦しませたが、北朝鮮の独裁者の野望をくじくことはできなかった。

何が欠けていたからなのか。経済制裁以外の選択肢が欠けていた。関係諸国には、あらゆる選択肢をテーブルの上に用意する「能力」はあった。だが、それを行使する「意思」を欠いていた。

[執筆者]
李英和(リ・ヨンファ)
関西大学教授(北朝鮮社会経済論専攻)
1954年12月22日大阪府生まれの在日朝鮮人三世。大阪府立堺工業高校機械科卒、関西大学経済学部(夜間部)卒業、関西大学大学院博士課程修了(経済学専攻)。関西大学経済学部助手、専任講師、助教授を経て現職。91年4月~12月、北朝鮮の朝鮮社会科学院に留学。93年にNGO団体「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」(RENK)を結成、現在、同代表を務める。著書に『暴走国家・北朝鮮の狙い』(PHP研究所、2009年)など多数。


※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。

李英和(関西大学教授)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載

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