ここから本文です

坂本龍一の最新アルバム「async」を全身で体験する展覧会

5/20(土) 14:35配信

otoCoto

東京・神宮前のワタリウム美術館で『坂本龍一|設置音楽展』が5月28日(日)まで開催中だ。坂本龍一の約8年振りとなるオリジナル・アルバム『async』のリリースに合わせて開催されているこの展覧会では、『async』の楽曲と気鋭のアーティストたちが手掛ける映像によって構成されるインスタレーションが展示されている。


まずは『async』の“音楽作品”としての特徴を挙げておこう。坂本龍一がこの作品を作ろうとした際、最初に頭に浮かんだのは「自分は今何が聴きたいのだろう」という自問だったという。そしてその答えは「音」だった。物を叩いたり擦ったりした音、雨の音や鳥の声、街の雑踏、といった自然音。自宅から車を走らせ、林の中でフィールドレコーディングも行った。
だが、そうして採集された「音」だけではもの足りず、「音楽」も聴きたいという気持ちが沸き起こり、「音と音楽が融合した作品」を作ろうとしたとのこと。坂本はそれを「SN/M」というキーワードで表している。「S(サウンド)N(ノイズ)/M(ミュージック)」を意味し、それらをどういう配合にするか、ということに腐心したという。そしてもう一つ重要な要素は、タイトル『async』が示すとおり「非同期」の音楽を作ろうとしたこと。すなわち「それぞれの音が固有のテンポを持つ音楽」ということだ。

「SN/M」が融合した音楽。そして、同期しない音楽。アルバムのおよそ半数の曲が制作の段階から音の空間的な配置を意識して作られている。ある意味インスタレーションを想定して作られた音楽であり、それはすなわちこの展覧会は『async』を極めて理想的な環境で体感するためのものであると言えるだろう。

「drowning」と題された2F展示室では、アルバムの5.1chサラウンド・ミックスが6台のスピーカーから流れ、坂本とも所縁のある高谷浩史(アーティスト集団「ダムタイプ」の創設メンバーの一人であり、坂本とも数々のインスタレーションを共同制作している)の手掛けた映像が8台のモニターに映し出されている。同期していない音が6台のスピーカーで鳴らされると、各音がより一層分離し、その“空間性”がさらに臨場感を増して耳に迫ってくる。また、映像は予め制作されたものを再生しているのではなく、リアルタイムで生成されているとのこと。そうした音楽や映像に包まれていると、まるでそれらの音が鳴っている自然環境の中に身を置いている気分になり、それゆえに、「音楽」を鑑賞しているというよりも「空間」を感じているような感覚を抱く。

「volume」と題された3F展示室には、『async』制作時に多くの時間を過ごした空間を再現するインスタレーションが設置されている。そこでは、スタジオや寝室、キッチンなどを映し出した映像と、各々の空間で鳴る環境音にアルバム楽曲から抽出した音素材を混ぜた音声とが、計24台のiPad及びiPhoneによって再生されている。映像を制作したのはNY在住の2人組アーティスト、Zakkubalan。

「first light」と名付けられた4F展示室に設置されているのは、タイの著名な映画監督/アーティスト、アピチャッポン・ウイーラセタクンとのコラボレーションによるヴィデオ・インスタレーション。『async』を聴いたアピチャッポンが幾つかの楽曲を選び、それらに映像を付けたものだ。海や森、道路、生活空間を含めた南国の様々な風景が映し出されるが、坂本の音楽と相まって、とても内省的な印象を与えるものとなっている。

全展示を体感すれば、それは極めて豊かな音楽体験となるだろう。いや、音楽を知覚の中に取り込むといったような、いわゆる“音楽体験”というよりも、こうした音や映像に刺激されて自身の内面に描き出されるイメージと、「音」が鳴っている実際の空間とが同化していくような感覚だ。『async』の音源を聴いて以来、そしてこの展示を体感して以来(筆者は4月1日の内覧会にも参加しているので2度目の鑑賞となる)、そうした感覚は刻々と形を変え、色を変え、肌触りを変えており、それに伴って様々な思いが頭の中を駆け巡っている。

それら全てをここに記すスペースはないが、その中から一つだけ雑感として述べてみたい。

1/2ページ

最終更新:5/20(土) 14:35
otoCoto