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新日本プロレスの外国人選手バスに潜入――フミ斎藤のプロレス読本#006

5/22(月) 9:00配信

週刊SPA!

 1992年

 レインボー・ホールを出ると、ひんやりとした12月の風が顔にぶつかってきた。体育館のなかが熱かったぶん、外の空気がよけいに冷たく感じる。知らないうちに汗をかいていたようだ。

 1万人を超す人びとがいっせいに立ち上がったり、座ったり、びっくりしたり、ため息をついたりしたら、それだけで温風ヒーター付の大音響になる。

 リングの上ではまだ試合がつづいている。何秒かにいちどずつゴーッという歓声が波打ってきては、満ちた潮がゆっくり引いていくようにやがて沈黙が訪れ、またしばらくするとゴーッという歓声が響いてくる。

 メインイベントを最後まで観ないで現場から出てくるなんて、プロレス雑誌の記者としては失格かもしれない。

 時間は9時15分をちょっとまわったところだった。新幹線の上りの最終にはもう間に合わないだろう。でも、なんとか今夜じゅうに東京の編集部に戻りたい。

 選手たちは全員、試合が終わるとそのまま大型バスに乗って東京に戻る。あしたはあしたでまた千葉・松戸で興行がある。

 東京に帰るにはこのバスに乗せてもらうしかない。ちょっとずうずうしいかもしれないけれど、試合が終わるまえにバスに乗り込んでおいて、みんなの帰りを待っていることにした。

 移動バスは日本人選手用と外国人選手用の2台。こういうときは、迷わず外国人サイドを選んだほうがいい。

 日本人選手側のバスにも何度か乗せてもらったことがあるけれど、やっぱりあの空間は――そういう貼り紙はしていないけれど――“Keep Out関係者以外立ち入り禁止”だ。

 頼まれもしないのに他人様の家のお茶の間にずけずけと上がりこんでしまったような、ぎりぎりのプライベート空間を侵したような、そこにいることに居心地の悪さを感じる。それに、番付ごとにそれぞれ座席のポジションが決まっているからよそ者が入っていくスペースなんてない。

 日本人選手用のバスにはちゃんと序列のルールのようなものがあって、暗くした車内を沈黙が支配する。外国人選手たちの集団には、それこそ海外旅行の団体ツアーのような、束の間ではあるけれど旅先での時間とスペースをシェアする仲間たちのなごやかさがある。

 みんな、けっきょくはどこか遠いところからやって来て、またいずれはファミリーや大切な人たちが待っているホームタウンへ帰っていくアウトサイダーの集まりだ。ぼくも、ここではまちがいなくアウトサイダーなのだ。

 体育館の裏口に停められてた大型バスのフロントガラスを軽く叩くと、ドライバーのアカサカさんがバスのドアを開けてくれた。

「試合、終わったの?」

「まだやっているみたいです。……いいですか?」

 アカサカさんはお弁当を食べているところだった。試合が終わって選手たちがバスに乗り込んでくるまえに急いで食事をすませておかないと、あしたの朝まではおなかが空いても途中で食べるチャンスがないのだろう。

 プロレスの興行に関わっているのに、ツアー・クルーの人たちはほとんど試合を観ることができない。開場の何時間もまえに体育館に入って会場を設営し、試合がスタートするともう帰り支度をはじめなければならない。

 ぼくは左側のいちばん前から二番めのシートに座った。

 薄暗いバスのなかでは、まんなかあたりの座席でトニー・ホームと栗栖正伸がビールを飲みながらおしゃべりをしていた。自分たちの出番が終るとすぐにシャワーを浴びてここに戻ってきたのだろう。ふたりとも、いかにも洗たくしたての白のスウェット・シャツに着替えている。

 栗栖はフリーの立場で新日本プロレスのリングに上がっているキャリア21年、46歳のベテラン。デビューは新日本プロレスだが、ジャパン・プロレス―全日本プロレス―FMWを渡り歩いて、古巣のリングに戻ってきた。

 体はそれほど大きくないけれど“イス攻撃”と喧嘩ファイトを得意としているオールドファッションなラフファイター。悪役的な試合をするせいなのか、それとも大阪に自宅あることが理由なのか、シリーズ巡業中は移動も宿泊先も外国人選手といっしょだ。

 職人気質のレスラーだが、マスコミの人間に対してはこっちが恐縮してしまうくらいソフトに接してくれる。ぼくが選手用のバスに乗り込んできたことはまるで気にとめていないようだった。

「お疲れッス」とレスラー式のあいさつをすると、栗栖も「うッス」と返事をしてくれた。

 ほんの半年間ほどFMWのリングに上がっていたときの栗栖は、上半身裸で、下はやや色の落ちたジーンズ、靴はカウボーイブーツといういでたちで試合をしていた。

 いわゆるストリート・ファイト仕様の衣装だったが、ジーンズ姿でイスを振りまわす姿はまさに大ヒールのそれで、かなりカッコよかった。しかし、新日本プロレスでまた試合をするようになった栗栖は、黒の無地のショートタイツと赤のリングシューズという、かつての定番コスチュームに戻っていた。

「あのう、ジーンズはもう履かれないのですか?」ぼくは恐る恐るたずねてみた。

「あーっ?」

「ジーンズです。FMWのとき着用されていた……」

「ああ、あれね。あれ、カッコよかった?」

「はい、よかったと思います。新日本プロレスでもあのままのスタイルでいくのかと思ってました」

「まあねえ、こっち(新日本プロレス)のリングでは、ちょっとねえ。……やっぱり、ここではタイツとシューズでしょ。うん」

 きっと、栗栖のなかでは新日本プロレスでやるプロレスとそうでないリングでやるプロレスとのあいだにきっちりと“線引き”がされているのだろう。(つづく)

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

日刊SPA!

最終更新:5/22(月) 9:00
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