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〈アニメ配信時代〉が変える視聴者の意識

5/23(火) 7:30配信

otoCoto

少し前の話になるが、ゴールデンウィークに長野に行っていた。縁がある地のため、年に数回訪れる。

昔からこの長野滞在の際の悩みとなっているのが、その間のアニメ視聴だ。1週間も長野にいると、その間に録画が溜まっていく。帰宅後に見るのがちょっと大変だ。なのでなるべく、現地で見られるものはそこで見るようにしているが、最近はUHF系アニメもキー局アニメも、BSでの放送が多いのに加えて、ネット配信も増えているため大いに助かっている。

ということを考えながら見ていて、そこにはアニメファンを取り巻く放送環境の変化そのものの歴史があったことに気づく。
以下はあくまで、僕が東京出身、在住の視点になることはあらかじめご了解いただきたい。

思い返すと80年代中盤頃、中学生、高校生の時分にあった「長野滞在中のアニメ視聴の悩み」は、東京で見られた番組が必ずしも全部放送していないというものだった。いまほど放送されるアニメが多い時代ではなかったが、反面、数が少ないゆえに放送されている多くの作品が友人間で話題になるわけで、それを見逃すというのは避けたかった。

これは別段珍しいことでもなく、さかのぼればずっとそうだったわけで、『機動戦士ガンダム』(79)がアニメファンの間で話題になった頃のアニメ雑誌の読者ページには、「気になるが、ウチの地方では放送していない」という嘆きが毎号のように載っていた。
むしろ全国的に見れば「あらゆるアニメが見られる」のは主要都市圏だけで、その環境の方が少なかったはずだ。
95年の『新世紀エヴァンゲリオン』放送時ですらそうだった。放送局がテレビ東京という系列局の少ない局であったことも大きいが、リアルタイムで視聴ができなかった地域は多い。さらに思い返すと、そのようにリアルタイム視聴ができたエリアが少なかったにもかかわらず、最終回放送後に(まだユーザー数は多くはなかったはずの)パソコン通信において、あれだけの数の書き込みが行われたというのも驚きだ。見方を変えると、アニメなどが好きな層でパソコン通信といった当時先端にあったツールにも興味を持っていた層は、大都市圏在住者が多かったということであるのかもしれない。

90年代までのアニメ番組は東京・大阪・名古屋などの大都市圏部集中だった。事態が大きく変わったのは00年頃からのUHF(独立U局)アニメの増加だ。
今でこそ再放送も含めると週に50本以上もアニメを放送している東京圏U局のTOKYO MXだが、アニメファン向けのアニメ放送を本格的に行い始めたのは全国的に見ればかなり遅く、ここ10年ほどのことだ。それゆえ、東京では00年代前半のU局アニメの話題作をリアルタイムで見ることができなかったアニメファンは結構多いのではないかと思う。(東京で見ようと思ったらCSに加入するしかなかった)

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最終更新:5/23(火) 7:30
otoCoto