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鉄道ファンの夢の国!空前の鉄道模型ワンダーランド「原鉄道模型博物館」

5/23(火) 19:10配信

サライ.jp

文/鈴木拓也

鉄道模型の製作・蒐集家として世界的に名を馳せた伝説の鉄道模型マニア、故・原信太郎(はら・のぶたろう、1919~2014)をご存じだろうか。

東京の芝に生まれた信太郎は、3歳になると早くも鉄道熱が芽生え、三田の市電車庫を出入りする電車を食い入るように見つめていたという。そして4歳になって、輸入品の鉄道おもちゃを祖母に買ってもらう。実家は富裕な商家で、信太郎少年はその後も高価な鉄道模型をせがんでは買ってもらうようになる。小学校の高学年になるともう、いっぱしの「乗り鉄」兼「撮り鉄」で、カメラを携えて特急「燕」に乗り、関西を一人旅している。

自分の手で模型を作り始めたのは12歳のとき。『自由形電気機関車8000号』と呼ばれる型式の車両で、車輪やナンバープレートは市販用を流用したものの、それ以外のほとんどを手近な材料を用いてゼロから製作。後にみられる奇矯なまでの凝りようが、この頃には萌芽していた。

長じて東京工業大学に入学。太平洋戦争が勃発し、社会情勢が憂色に包まれるなか、彼は朝鮮や満州に旅行する。中国大陸には、当時の鉄道技術の粋を結集して生まれた名列車が走っていたからである。

戦争が終わると、信太郎は語学力を生かしてGHQ付きの運転手をしたのち、1949年に結婚。文具メーカーのコクヨ入社を機に、本社のある大阪へ移転し、会社員としての多忙な日々が始まる。とはいえ、鉄道熱は収まることはなく、出張の機会を生かしては「一番切符」の入手に奔走し、欧米へ出かけたときには現地の鉄道ファンや模型技術者との交流を重ねる。実車の技術を再現した鉄道模型も増えるいっぽうで、その名声は世界にとどろき、ドイツ国鉄103形を、許可を得て運転するなどの栄に浴した。

72歳にコクヨ退社後も、鉄道への情熱は衰えを見せず、国際鉄道模型コンベンションにたびたび出品。大手デパートの催事としてコレクションが展示されるようになり、93歳のときに集大成として原鉄道模型博物館が開館。その2年後に、列車のように駆け抜けた人生を終えた。まさに空前絶後の鉄道マニア人生であった。

■原鉄道模型博物館のコレクション

JR横浜駅から徒歩5分ほどの場所にある「原鉄道模型博物館」には、原信太郎が生涯をかけて作り、集めた6,000両もの鉄道模型の一部が、ショーケースやジオラマに展示されている。

大きく3区画に分かれた展示スペースでは、珠玉の精密模型が並べられている。箱根登山鉄道といった日本ローカルな車両もあれば、ヴッパータール市(ドイツ)の懸垂電車といった各国のレア車両もあり、バラエティ豊かなラインナップ。

原信太郎の製作した模型は、市販のそれとは完全に一線を画す。例えば市販製品は、レールや車輪には加工のしやすい真鍮といった素材が使われるが、実車が鉄を使っているなら模型も鉄を使うのが、原のこだわりであった。他にも、パンタグラフから電気がモーターに流れて駆動するように作るとか、スイスの鉄道が採用したブリッフ式という複雑な駆動機構を模型で再現して走らせるなど、常人には真似のできない作り込みであった。

原は、鉄道模型だけでなく、一番切符の収集にも情熱を燃やした。一番切符とは、開業した路線が発行する最初の切符のことで、ふつうは開業初日に列の先頭に並ばないと入手できない。それが何十枚と展示されており、もはや執念のきわみ。1964年に開通した東海道新幹線の指定席一番切符もあるが、ひかり1号、1号車、1番座席というこだわりよう。

そして圧巻なのが、世界最大級のスケールを誇るジオラマ「いちばんテツモパーク」とジオラマ内に再現された路線を走る原の模型。さすがにジオラマは原の作品ではないが、精緻を極めた鉄道模型が軽快に走り回る姿は、ずっと見ていても飽きない。

ジオラマはもう1つあって、「横浜ジオラマ」という名が付けられている。こちらは、新旧の横浜の街並みを模したジオラマの中を、通勤電車が巡るという趣向。

同博物館は、「きかんしゃトーマス」の番組内で使われた実車を走らせるなど、家族連れにも楽しい施設となっている。鉄道ファンや模型ファンを自認する人はもちろん、そうでない人でも満喫できること請け合いだ。横浜に来る機会があればぜひ訪問していただきたい。誰もが“少年”に戻れる場所だ。

【訪ねてみたい博物館】
『原鉄道模型博物館』
■住所/神奈川県横浜市西区高島1丁目1番2号 横浜三井ビルディング2階
■電話/045-640-669
■開館時間/10時~17時(最終入館 16時30分)
■休館日/火曜日(火曜日が祝日であれば開館し、翌日休館)
■入館料/大人:\1,000、中学・高校生:\700、小学生以下:\500(消費税込)

文/鈴木拓也
2016年に札幌の翻訳会社役員を退任後、函館へ移住しフリーライター兼翻訳者となる。江戸時代の随筆と現代ミステリ小説をこよなく愛する、健康オタクにして旅好き。

最終更新:5/23(火) 19:10
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