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トニー・ホームはLAに住むフィンランド人――フミ斎藤のプロレス読本#007

5/23(火) 9:00配信

週刊SPA!

 1992年

 トニー・ホームはたぶん、いまのところ世界でただひとりのフィンランド人プロレスラーだ。北欧にプロレスは存在しない。

 四角いリングと3本ロープのこういうプロのレスリングが盛んなのは地球上ではアメリカとカナダ、日本、メキシコだけだ。ドイツとオーストリアにも“キャッチ”というヨーロッパ・スタイルのプロレスがあって、かつては人気があったが、いまはそれほどメジャーなプロスポーツではない。

 フィンランドの軍隊でボクシングをやっていたホームは、二十歳のときに故郷をあとにしてアメリカに移り住んだ。夢多き若者にとってスカンジナビアは退屈すぎた。

 プロボクサーとかプロのボディービルダーとか映画俳優とか、アメリカにしかない職業について有名になってやろうと思ったのだという。もちろん、お金もたくさん稼ぎたかった。

 ロサンゼルスに住むようになって、かれこれ7年になる。グリーンカード(永住権)を取得するためにアメリカ人女性と結婚し、そして離婚した。そのあいだにありとあらゆる仕事をやった。

 体が大きかったから、まず、バーのバウンサー(用心棒)になった。店にお酒を飲みにくるハリウッド関係者とコネクションをつくり、スタントマンとしてアクション映画に出演したことがある。ちゃんとセリフのある役のオーディションを受けたこともある。

 金融業のアシスタントとして、借金とりのボスといっしょにクライアントのところへ出向いていき、ボスのすぐよこでコワイ顔をしてつっ立っているだけというアブナイ仕事をしていたこともある。

 もちろん、体だけはつねに鍛えておいた。有名になって大金持ちになるまでは筋肉だけで300ポンドの肉体をパンパンにしておくことにした。

 プロレスとはひょんなことからめぐり逢った。いつもホームがトレーニングをしていたヴェニスビーチのゴールド・ジムでロサンゼルスに遠征に来ていた何人かのレスラーたちと知り合い、プロレスを勧められた。

 気がつくと、1年のうちの3分の1くらいを日本で過ごすようになっていた。

「いいハウスだったね」ぼくはホームにこう話しかけた。

 “ハウスHouse”とは、プロレス業界用語で“お客さんの入り”を指す。グッド・ハウスは満員で、バッド・ハウスは閑古鳥が鳴くようなありさまをいう。

「ハウス? オレのハウスかい?」

 まだどこかプロレスラーになり切っていない部分が残っているホームには、こういうたぐいのスラングがピンとこない。「きょうは満員だったね」という意味で「グッド・ハウスだったね」といったら、アメリカで暮らすフィンランド人はロサンゼルス郊外に購入したばかりの豪邸のはなしをしはじめた。

「25万ドルの家を買ったんだよ。頭金なしの30年ローン。毎月、1200ドルずつ払うだけ。アパートの家賃みたいなもんさ」

「頭金down paymentなし?」

「オレ、金融機関で働いていたことがあるから。知り合いがローンを組んでくれた」

 借金とりのボディーガードをしていたころの知人が手ごろな物件を紹介してくれたらしい。ホームは新しい家のなかにつくらせたウェートルームやサウナのことを自慢げにしゃべった。

 もしもプロレスとめぐり逢わなかったら、この人はいまでもハリウッド・ブルバードあたりのバーで用心棒でもやっていたのだろうか。プロレスラーになったことで、この人はいままでよりもハッピーな自分をみつけることができたのだろうか。プロレスラーになったこれからは、いったいなにをどうしていくつもりなのだろうか。映画俳優になる夢はまだ捨てていないのだろうか。

 ホームのはなしを聞きながらそんなことを考えていると、真新しい新日本プロレスのブルーのジャージの上下を来た日本人がバスに乗ってきた。空手家からプロレスに転向したばかりの斎藤彰俊だ。

 “反選手会同盟”というチームのメンバーとしてほかの日本人選手たちを敵にまわして闘っているため、この選手もまたシリーズ中は外国人グループと行動をともにしている。

 頭をツルツルに剃り上げて、ふだんはその頭をバンダナですっぽりと覆い隠している。鋭い眼光がいかにも格闘家らしい。

 プロレスに入るまえ、彰俊は名古屋の誠心会館という流派で実戦空手をやっていた。学生時代は水泳で全日本学生選手権に出場したことがある。もともとプロレス志望だったが、体がそれほど大きくなかったため断念し、社会人になってから空手をはじめたのだという。

 そして数年後、空手家としてプロレスラーを相手に他流試合をやりはじめたことがきっかけで、巡りめぐってプロレスの世界に入ることになった。

 正式にプロレス団体に入門してプロのレスリングを基礎から学んだわけではないから、いまのところは殴る、蹴るの試合しかできない。

 他流試合をやっていたころからずっと空手着を着てリングに上がっていたが、プロレスラーになったいまはそれがひとつのキャラクターになった。(つづく)

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

日刊SPA!

最終更新:5/23(火) 9:00
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