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越中詩郎と斎藤彰俊の“反選手会同盟”――フミ斎藤のプロレス読本#008【Midnight Soul編3】

5/24(水) 9:00配信

週刊SPA!

 1992年

 斎藤彰俊は、痛めている左ヒザを重たそうに引きずりながらバスの右側の列の前から2列めの座席に腰を下ろした。よくみると、左目の上もかなり腫れあがっていた。

 トニー・ホームが「ヒザはオーケーか?」と声をかけると、彰俊は恥ずかしそうに微笑みながら「オッケ、オッケー」と答えた。

 「なーに、その顔。どうしたの?」いまにも吹き出しそうな様子で、栗栖正伸がよこから会話に割って入った。

 この世界の大先輩の栗栖は、まぶたの上に青タンをつくってきた彰俊をからかった。

「あっ、はい。ヒザがまともに入っちゃって。でも、ボクが悪いんですから、はい、全然、大丈夫です」

 いくら実戦空手をやってきた猛者といっても、“イス攻撃”の栗栖からみれば彰俊はまだ子どものようなものなのだろう。

 栗栖は長いプロレス生活のなかで青タンも赤タンも数えきれないほど体じゅうにつくってきたし、そのつもりならかすり傷ひとつこしらえずに試合をする術もちゃんと心得ている。“イス攻撃”をトレードマークにしたのは、プロレスラーの体の頑丈さを観客に伝えるにはそれがいちばん手っとりばやい方法だと考えたからだった。

 それにしても、彰俊はリングのなかと外とではまるで別人のようだ。ぼくが勝手に頭のなかで描いていた空手家・斎藤彰俊のイメージと、いまここにいるシャイな青タン青年の奥ゆかしさとでは、あまりにもその落差が大きい。

 ほんとうにこれがもの凄い形相で対戦相手のプロレスラーの顔面を蹴りまくる空手家とはちょっと信じがたかった。じつはこの落差こそ、プロレスとプロレスラーをよく知るためのヒントになる。

 観客はプロレスラーに対して幻想を抱く。プロレスラーは観客に対してあるイメージを提供する。そして、そのイメージはいつしかそのプロレスラーの真実になる。

 やる側と観る側が、それぞれのバランスを保ちつつ、共同作業であるひとりのプロレスラーのイメージを構築していく。イメージの一方通行ではプロレス空間は成立しない。

       ★     ★

 どうやら、メインイベントが終わったようだ。体育館の出口からお客さんがいっせいに出てきた。このバスのまわりにも少年ファンたちが集まってきている。

 アリーナの裏口にまわって、会場をあとにするレスラーたちを最後まで見送る。これはプロレスファンにとっては、習慣というよりも、一種の儀礼のようなものだ。

 うまくいけば好きな選手と握手をしたり、サインをもらったりできるかもしれないし、そうじゃなくても本物のプロレスラーを至近距離で目撃することができる。

 越中詩郎がバスのなかに飛び込んできた。たぶん、出待ちのファンの集団をかき分けながらここまでたどり着いたのだろう。ちょっとムッとしたような顔で、右側の列のいちばん前の座席に座ると勢いよくシートを後ろに倒した。

 日本人側にも外国人側にも属さない“反選手会同盟”のリーダー、越中もこのバスの乗客だった。

 「お疲れッス」チームメートの彰俊が穏やかな声で越中にあいさつをした。

 越中のニックネームは“ド演歌ファイター”。試合中はつねに「テメー、コノヤロー!」「ふざけんじゃねー!」と声を出しながら闘う。やられてもやられても歯を食いしばりながら立ち上がっていく姿には昭和のスポーツ根性ドラマに似た趣がある。

 新日本プロレスの主流派に反旗をひるがえし、スキンヘッドになって“反選手会同盟”という新派閥を結成した。プロレスラーとしては泥臭いタイプだけれど、熱狂的な男性ファンがついている。

「おお、サイトー。それ、左目、平気か?」先輩の越中は、彰俊がきょうの試合で顔を腫らしたことを知っていた。

 10年選手の越中もこれまでずいぶんたくさんのケガをしてきた。足首を骨折してまるまる1年を棒に振ったこともあった。

「おお、サイトーよぉ。きょう、カミさんに会えたか」

「いいえ、きょうは会ってません。でも、大丈夫です。電話しときましたから」

「なにがダイジョーブだよ」

 彰俊はもう結婚していて、試合のないときは名古屋に住んでいる。きょうは試合でこっちに来たので、そのつもりだったらどこかで奥さんと会う時間くらいつくれただろう。でも、プロレスラーとしては修行中の身の彰俊はみんなといっしょにバスに乗って東京に戻ることを選択した。

 27歳の彰俊には恋女房がいて、34歳の越中はまだ独身。妻帯者の後輩に気をつかう越中の体育会的な口調がおかしくて、ぼくは声をたてずに笑った。(つづく)

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

日刊SPA!

最終更新:5/24(水) 9:00
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