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ミラン本田、在籍3年半の功罪とは? 番記者が分析「運が悪かった」「10番らしい姿は一度も…」

5/25(木) 10:58配信

Football ZONE web

名門を追う番記者がミラノでの日々を総括 「EL出場の置き土産は残した」

 ACミランの日本代表FW本田圭佑は、本拠地ラストマッチとなった21日のボローニャ戦(3-0)でFKから今季初ゴールを叩き込み、試合後に自身のツイッターで今季限りでの退団を発表した。栄光の背番号10をつけて3年半プレーしたレフティーは、世界的な名門クラブに何を残したのか。ミラン番記者が本田の過ごした3年半の功罪について分析した。

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「本田はこの3年半で、ミランに何を残すことができたのだろうか。今季ほとんど出番はなかった。インパクトも残せなかったが、ボローニャ戦の活躍でチームに来季のヨーロッパリーグ出場という置き土産を残した。これはとても重要な成果になったと思う。

 しかしながら本田は、ミランで自分の持っている全てを表現することができなかった。セードルフ監督の時には重要なプレーをしたし、インザーギ監督の序盤も良いパフォーマンスを見せたけど、期待されていた10番らしい姿は結局見ることができなかった」

 地元テレビ局「7ゴールドTV」のミラン番記者を務めるパオロ・ヴィンチ氏は、本田が過ごした3年半をこのように総括した。ボローニャ戦の勝利で、チームは4年ぶりに来季の欧州カップ戦出場権を手にすることができた。今季出場わずか7試合と出番が限られた本田だが、本拠地最終戦でミラン人生最大と言える成果を収めた。

 移籍初年度の2013-14シーズンのクラレンス・セードルフ政権、翌14-15シーズンのフィリッポ・インザーギ政権では輝きを放つこともあったが、10番を背負う選手として期待に応えることができた3年半ではなかったという。

「最高の自分自身の姿を表現できなかった」

 そうしたミラノでの苦闘の日々で、本田が手に入れたものはあったのだろうか。

「これまでのキャリアとは異なる、カルチョというサッカー文化を経験できた。だが、ミランの歴史の中でも最悪の時期に来たことは、運が悪かった。本当はもっとできる選手だと思う。最高の自分自身の姿を表現することができなかった。それは残念なことだ。今日に限ってはインパクトのあるプレーを見せることができた。来季のミランのメンバー、主役ではないが、エレメントとして残って欲しい選手だと思わせてくれた」

 ヴィンチ記者は戦術至上主義と呼ばれ、相手の良さを消すことから全てがスタートするイタリアサッカーの文化に触れることができたことが、最大の収穫だったと分析。だが、累積赤字で苦しみ、満足に補強ができなかったシルビオ・ベルルスコーニ体制の終焉時にやってきたという不運も指摘した。

 本田は2014年の加入会見ではレッドカーペットが用意され、まるでスーパースターのような待遇で紹介された。

「残念ながら、スーパースターとしてはミランを去ることはできなかった。とても真面目で優秀な選手。日本の真面目なサッカー選手として懸命に努力、誠実に練習を重ねる。そういう態度を見せる選手としての印象を残した。しかし、ミランの歴史にその名を刻み込むことはできなかった。チームの核には一度もなれなかった」

「加入時の期待に応えられたとは…」

 本田のミラン10番としての幕引きは穏やかなものだった。クラブから契約延長オファーを提示されず、契約満了で退団となることが既定路線となっており、自身のツイッターを開設し、イタリア語でサポーターに向かって静かに別れを告げた。

「本田は加入時の期待に応えられたのか? それはノーだ。彼は残念ながら応えることができなかった」

 本田擁護派だったヴィンチ記者は去りゆく背番号10へ温かい視線を注ぎながらも、最後は厳しい言葉でミラノでの日々を総括していた。

倉石千種●文 text by Chigusa Kuraishi

最終更新:5/25(木) 12:14
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