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酒呑童子伝説がここまで面白くていいのか?

5/25(木) 6:30配信

Book Bang

 いわゆる大江山酒呑童子(しゅてんどうじ)にまつわる小説が最後に書かれたのは、私の調査に間違いがなければ昭和三十年代のはじめ。当時、大映の重役でもあった川口松太郎が、長谷川一夫主演の映画用に書いた短篇がそれであったと思われる。

 それから六十年近く経って、気鋭矢野隆の手により、まったく新しい酒呑童子の物語が、それも渾身の力作として登場した。

 物語は、足柄山で育った坂田金時(さかたのきんとき)が、羆(ひぐま)と喰うか喰われるかという死闘を展開しているところからはじまる。その金時は、死期の迫った母の言葉に従い、源(みなもとの)頼光(よりみつ)の郎党として都へ赴く。ところが、京の都は、帝にまつろわぬ者―そこには金時のような山の民も入る―を鬼と決めつける、差別の横行している世界であった。そんな中、頼光の出世欲に目をつけた安倍晴明(あべのせいめい)は、大江山に宝のあることを知り、これを欲せんと、かの地に式神を飛ばす。民の生命の糧である獣を山から追いやるためにだ。里の者を餓えさせぬため、朱天(しゅてん)=酒呑童子とその仲間は、都へ出て盗みを働く決意をする。

 これで、晴明の思惑通り、大江山の鬼どもの討伐隊が組織されるが、金時たちは、この戦が仕組まれたものであることに気付きはじめ、当の頼光ですら晴明のあまりの卑劣さに怒りを爆発させる。

 雌雄を決しなければならない男同士(渡辺綱(わたなべのつな)のみは女)が、酒をくみ交わし胸襟をひらいて語り合う場面の素晴らしさ。殺戮と領土の奪い合いという、今日の中東情勢や移民問題をも彷彿とさせる視点等、読みどころは盛り沢山。

 だが何よりも読み手の心を熱くさせるのは、作者が徹底的に権力の欺瞞をあばき、民草へ思いを寄せている点なのである。

 気がはやいようだが、本書は今年のベスト10入りをしそうな気がする。それでなくとも作者の現時点における最高傑作であることは確かである。

[レビュアー]縄田一男(文芸評論家)

新潮社 週刊新潮 2017年5月25日号 掲載

新潮社

最終更新:6/7(水) 15:26
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