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東山彰良氏の直木賞作品『流』に息付く日中台の血統

5/26(金) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 ベストセラー作家・東山彰良(あきら)氏は、台湾で生まれ、日本で育った。直木賞を受賞した『流(りゅう)』(講談社)は、日台両国で暮らした東山氏の体験を、文学的に昇華させた作品である。

『流』の主人公のモデルは父であり、祖父の人生も投影されている。祖父は中国山東省の出身で、国民党軍に参加し、共産党と戦った。1949年、子供だった王孝廉ら家族を連れて、毛沢東に敗れた国民党とともに台湾に渡った。

 そんな一族の運命のエッセンスが詰まった作品に、父の詩が収録され、日本でベストセラーとなった。『流』は紛れもなく、王一族の一世紀におよぶ中国から台湾、台湾から日本への「漂流」の日々が生み出した作品である。そればかりか、父・祖父をあわせた三代の記憶が継承されていた。ジャーナリストの野嶋剛氏がつづる。

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 東山が作家として独り立ちするまでの道のりは決して平坦ではなかった。大学卒業後、東京で中小の航空会社に就職する。普通のサラリーマン人生を歩むかに見えたが、会社には馴染めない気持ちが強かった。ある日、通勤の途中の代々木上原駅で、見知らぬ相手と殴り合いの喧嘩を演じてしまう。

「肩がぶつかった程度の小さいことですが、友人から、それはストレスだよと言われ、このまま東京にいたらもっとひどいことをしでかしそうだと思い、会社を辞めようという気持ちが固まりました」

 次に進んだのは研究者の道だった。日本の大学院で修士号を取り、博士号を取るために中国東北地方の名門・吉林大学の門をくぐった。専門は、いまの東山から想像はつきにくい農業経済だ。日本の過疎地で耕作放棄の農場を国有化し、若い人に農業参加の機会を提供するプランを提案する内容だったが、そこでも東山は挫折を味わう。論文を書き上げられずに学業を中断し、日本に戻っている。

「指導教授はとてもいい方で、『これからは年に一度、論文を書いて見せに来なさい』という遠回しな言い方で、日本へ帰ることを許してくれました。書いたものが先生の水準に達しなかったんでしょうね。学問に生涯を捧げる覚悟がないことを見抜かれていたのかもしれません」

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