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一番身長が高かった戦国武将は誰?

5/26(金) 18:00配信

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 戦国武将の体型については、文献や残された甲冑などから推測できる場合もある。珍しいところでは、等身大の木像や、徳川将軍家には身長を元に作られたという位牌も残されていて、推定する材料になっている。歴史研究家の小和田泰経氏が、「歴史人」6月号で解説している。

「織田信長は、大徳寺に残された等身大の木像から、5尺5、6寸(166~169㎝)とされる。宣教師のルイス・フロイスは“背は高く、痩せていて、髭が少ない”と書き残している。信長の背を高いとしているのは、当時の平均身長は157㎝程度だったからである。徳川家康の身長は5尺1、2寸(155~158㎝)とされ、ほぼ平均的な身長だった。

 身長の高い武将として有名なのは、斎藤義龍であろう。6尺5寸(約195㎝)といい、馬に乗っても足がついたとされる。美濃の蝮こと斎藤道三の嫡男だが、実母が道三の主君土岐頼芸(よりのり)の側室であったため、道三の実子ではなかったとの見解も強い。また、豊臣秀吉の子秀頼も背が高かったという。

 最も身長の低かったのは、武田二十四将の一人、山県昌景であろう。記録からおよそ140㎝前後だったと推定されている。小柄ではあったが、戦場では“武田の小男が現れた!”と恐れられていた」

(「歴史人」2017年6月号「猛将なんでもランキング」より。)
 

~戦国武将の身長~

豊臣秀頼 195㎝(『明良洪範』より)
斎藤義龍 195㎝(6尺5寸殿と呼ばれた)
後藤又兵衛 182㎝(『北川覚書』より)
織田信長 168㎝(肖像画より)
徳川家康 155㎝(位牌をもとに推定)
伊達政宗 159.4㎝(遺骨をもとに推定)
豊臣秀吉 150㎝前後(伊達家の記録)
山県昌景 130~140㎝(『校合雑記』より)

文/歴史人編集部

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