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『暗黒女子』の著者が挑む、空の上のミステリ!

5/26(金) 6:16配信

Book Bang

 名門女子校の文学サークルのメンバーが闇鍋(! )をつつきながら生徒の憧れの的だった美少女の死について語る『暗黒女子』でブレイク。後味の悪さが癖になるイヤミスの書き手として注目を集める秋吉理香子の最新作は、まったくテイストの異なるユーモアミステリだ。軽妙な文章で航空業界や気象にまつわる興味深い知識をわかりやすく紹介しつつ、駆け出しパイロットが業務を通して遭遇する謎を描く。

 主人公の間宮治郎は、ニッポン・エアラインの副操縦士になって半年経ったある日、成田からフランスのシャルル・ド・ゴール空港へ向かう便に乗り込む。念願の国際線デビューを果たした彼を待ち受けていたのは、〈アイス・クイーン〉の異名をとる美貌の機長・氷室翼と、飛行機の内外で起こる不可解な出来事だった。女性キャプテンの氷室が探偵役で、男性副操縦士の治郎がワトソン役。昭和の時代にはリアリティがなかった、現代ならではのコンビが活躍する。

 気になって少し調べてみたところ、日本の航空会社で初めて女性機長が誕生したのは二〇一〇年らしい。五年後の記事を読んでも五人しかいないと書いてあったから、まだまだ珍しい存在だ。作中で治郎も機長が女性だと知って驚く。しかし氷室のふるまいは性差を意識させない。治郎は彼女の高い操縦テクニックと鋭い観察力と容赦ない毒舌に圧倒されると同時に惹かれてしまう。

 例えばファーストクラスの乗客の婚約指輪がなくなる騒動。飛行機という密室で誰がどうやって指輪を消したのか。子供が目撃したお化けの正体とは? 氷室は真相を明らかにしながら関係者を幸せな未来へ導き、治郎は心温まる解決に感激して〈今日氷室キャプテンと一緒にフライトできたことは、僕の宝です〉と言う。ところが氷室は〈君はつくづく、救いようのないたわけだな〉と返すのだ。不幸な結末になりそうだった話を丸く収めた理由にあきれながらふきだした。

 氷室はシビアでクールだけど、ギスギスしたところはない。自分の行動を何でも好意的に解釈する純真な副操縦士をバカではなく〈たわけ〉という古風な言葉を用いてからかう。磨き上げた技術と徹底したプロ意識に裏付けられた余裕が、氷室というキャラクターの魅力につながっている。

 一方、治郎は周囲の人の発言によればイケメンなのにモテオーラがなく、お人好しで騙されやすい。氷室に振り回されるうちに彼のなかに芽生える淡い恋心が、完璧なキャプテンにも可愛い一面が……みたいな紋切り型のギャップ萌えではなく、仕事ぶりに対する尊敬の念を種にしているところもいい。名探偵でもある氷の女王とハリー・ポッター似のドジっ子。ふたりの関係がどんなふうに育っていくのか見守りたくなる。

 ステイ先のパリの蚤の市で買い物をした日に治郎がなぜかモテモテになったり、世界遺産のモン・サン・ミシェルで殺人事件に出くわしたり、彼らの旅は波瀾万丈だ。そして最後を飾るのは、シャルル・ド・ゴールから成田へ帰るフライトで発生した急病人のエピソードだ。国際的なコンクールの優勝候補である若手ピアニストが、機内で突然倒れて意識を失う。同じ飛行機に医師は搭乗していない。素人の応急処置は危険もともなうことから、氷室は目的地外への着陸も検討しつつ、ピアニストの発作の原因を探るが……。意外なものが手がかりになり、空の上だからこそありうる事件になっている。

 物語の冒頭では緊張と不安でいっぱいだった治郎が、シャルル・ド・ゴール空港から離陸するときのアナウンスによって、めざましい成長を遂げていることがわかるくだりは爽快。終盤、氷室がある言葉を彼に投げかける場面をぜひ見届けていただきたい。こんな関係っていいなと思えるし、ふたりのことを好きにならずにはいられないはずだ。

[レビュアー]石井千湖(書評家)

KADOKAWA 本の旅人 2017年4月号 掲載

KADOKAWA

最終更新:5/26(金) 6:16
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