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四半世紀ぶりのU-20王者を目指して。ポルトガルの原動力は育成にあり

5/27(土) 14:41配信

footballista

U-20W杯代表チームを密着取材

11回目の出場となる韓国での今年のU-20W杯に向けて、日本で直前合宿を張ったU-20ポルトガル代表チームにポルトガルサッカー連盟(FPF)全面協力の下、帯同して密着取材を敢行。U-20W杯を戦うポルトガルチームの実情とともに、昨年EURO優勝を遂げるなど躍進するポルトガルサッカーの強さの秘密が見えてきた。


取材・文・写真 鰐部哲也


 心地よい潮風に吹かれながら、大阪の夕暮れの空に高らかに響く“勝どき”のタイムアップの笛を聞いた若きポルトガル代表の面々には、安堵の色が混じった満足気な表情が浮かんでいた。U-20W杯本大会前最後のテストマッチで、北米王者アメリカに2-1で勝ち切ったポルトガルは、日本最後の夜の仕上げを成功裡に終えた。

 ポルトガルサッカー界では、U-20W杯はオリンピックよりも重要なコンペティションとして位置づけられている。かつてワールドユースと呼ばれていたこの大会で1989年、1991年と連覇を達成し、史上初の世界制覇を成し遂げたからだ。1年前にA代表が悲願のEURO制覇を成し遂げるまで、ポルトガルサッカー界にとっては誇るべき最大の栄光であり続けた。ルイス・フィーゴとルイ・コスタをはじめパウロ・ソウザやフェルナンド・コウト、ジョアン・ピントら優勝メンバーは「黄金世代」と呼ばれ、後のA代表メンバーとしてポルトガルを欧州の強豪に押し上げたのは紛れもない事実である。


フィーゴにC.ロナウド。2人のバロンドーラーを
輩出した先駆者スポルティング


 若きポルトガル代表を語るうえで避けて通れないのが、欧州でも屈指の選手育成システムだ。人口1000万ほどのユーラシア大陸の最果ての小国から、雨後の筍(たけのこ)のように良質な選手が輩出される謎を紐解く鍵、それこそが育成力にある。

 4大リーグの上位を占めるようなメガクラブに資金力では対抗できないポルトガルのクラブは、選手を「発掘し、育て、高く売る」モデルを確立している。20歳前後の選手がメガクラブに数十億円単位で買い取られていくのは、もはや欧州のメルカート(移籍市場)の風物詩とさえ言えるだろう。

 その育成システムをいち早く確立したのが国内3強の一つスポルティング・リスボンである。ちょうど15年前に落成した同クラブ自慢の選手育成施設である「アカデミア・スポルティング」では、各年代のユース選手が徹底的な食事管理の下、全寮制でトレーニングに励んでおり、中学・高校の補習を行う本職の学校教師まで常駐させている。特筆すべきはこの施設のロケーション。公共交通機関が一切通っておらず周囲を牧草地とオリーブ畑に囲まれたアルコシェッテという“陸の孤島”にあり、サッカーに集中できる環境となっている。育成組織と言えば、今回のU-20W杯で注目を浴びる日本代表の久保建英もかつて所属したFCバルセロナの「ラ・マシア」が有名だが、それに勝るとも劣らない充実度を誇っていると言えよう。

 また、選手のスカウティングには特に力を入れており、離島も含めた国内全土各地に約300人のスカウトを常駐させ、10代前半のダイヤモンドの原石を数多く発掘している。そんなスカウトの中に、ポルトガルでは伝説化している“目利き”がいる。1988年からリクルート部門の統括責任者を務めるアウレリオ・ぺレイラだ。アカデミア完成以前に2人のバロンドール受賞者、フィーゴとクリスティアーノ・ロナウドを見出したのが他ならぬペレイラであり、「発掘し、育て、高く売る」方針を完成へと主導したのも彼である。今や世界最優秀選手として“国の英雄”となったロナウドは、今でも壁にぶち当たると彼に助言を求めてくるという。

 スポルティングの選手育成の特徴の一つに、各年代で「ふるいにかける人数」を増やしていくというものがある。定期的に行われるチーム内セレクションの際、U-17世代ではU-12世代の倍近い人数の選手が荷物をまとめてアカデミアを去ることになる。こうすることで化ける可能性を秘めた選手の見落としを防ぐことができ、上の世代のチームには選りすぐられた少数精鋭のメンバーが残ることになるのだ。

 これまでポルトガルでは、スポルティングユースの選手になることがポルトガル代表行き快速列車の優待乗車券を手に入れることを意味していた。実際、これまでのユース年代代表のメンバーは、ほぼスポルティングの選手で占められてきた。


牽引役はルイ・コスタとヌーノ・ゴメス
“10年計画”の成果が出始めたベンフィカ


 しかし近年、その絶対的な寡占状態に変化が生じている。

 今回のU-20W杯の招集メンバーを見ると、全21人のうち9人、全体の4割超の選手が同じリスボンに居を置くライバル、ベンフィカ所属なのだ。

 このヒエラルキーの変化は、ポルトガルの最新の育成事情を知るうえで大きな意味を持つ。そこで、今回のU-20代表チームで主将を務めるルーベン・ディアス(ベンフィカ)に聞いてみたところ、こう話してくれた。

 「セイシャルができてから、ベンフィカの育成システムが充実してきた証拠だと思う。10年ぐらい前のことだから、僕らの世代でその成果が花開いてきたのかな。僕も11歳であそこに入ったからね。僕らの年代からトップチームに引き上げられる選手も増えてきた。かつてのスポルティングみたいにね。それに、ユースの国際大会での実績も経験も増えてきた。クラブや年代によって違いもあるし、率いる監督の意向もあるから一概には言えないけどね」

 ルーベン・ディアスが言う「セイシャル」とは、2006年に完成したベンフィカの育成施設「カイシャ・フテボゥ・カンプス」のこと。同施設がある街の名前から「セイシャル」が通称になっている。開設当時、トップチームのスタメンがほぼ外国人で占められるような状況だったベンフィカは、ファンの突き上げもあって危機感を抱き、自国選手の育成に本腰を入れ始めたのである。

 施設の充実度はスポルティングの「アカデミア」ほどではないものの、育成システムのノウハウはほぼライバルチームを踏襲している。また、スポルティングと比較すると多国籍の選手が各年代に在籍している。これは、クラブおよびポルトガルサッカー界のレジェンドであるスポーツディレクターのルイ・コスタや、ユース統括責任者のヌーノ・ゴメスが選手獲得の前面に立っているから。前述した1991年のワールドユース優勝メンバーであり「黄金世代」のゲームメイカーとして世界的に名を馳せた前者、1995年のワールドユースで銅メダルを獲得、ポルトガル代表のストライカーとして一時代を築いた後者のネームバリューとベンフィカというブランドは、ユース年代の子供たちやその親にとって非常に魅力的に映るのだ。

 実際、ルーベン・ディアスも2人の影響がいかに大きいものか、称賛を惜しまない。

 「ルイとヌーノの存在は、ベンフィカユースの選手にとってはとても大きい。ポジションは違っても僕らにとってサッカー選手としてのお手本だし、彼らから直接アドバイスを受けられる環境が日常なんだから」

 事実、ここ最近ベンフィカが輩出した今大会のメンバー以外の自国選手には、18歳でトップチームデビューを果たし、昨年のEURO2016で最優秀若手選手に選出されたレナト・サンチェスや、17歳でトップチーム入りし翌年にはCLにおけるポルトガル人史上最年少スコアラーになったゴンサロ・ゲデスがいる。ともに「セイシャル」で純粋培養された選手であり、それぞれバイエルン、パリ・サンジェルマンへと羽ばたいた。まさに「育て、高く売る」に成功した好例だろう。さらに、今季のUEFAユースリーグでは準決勝でレアル・マドリーを下すなどして準優勝。ルーベン・ディアスはこの大会でも主将を務めていた。

 これまで国内選手の育成で先を行っていたスポルティングにベンフィカが追随、その成果が表れ始めたことで、ますます質の高い選手を送り出す環境が整いつつあるのだ。

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最終更新:5/31(水) 18:57
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