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経産省次官・若手ペーパーへの意見に対する考察に見る言論ガラパゴス --- 渡瀬 裕哉

5/27(土) 7:11配信

アゴラ

リバタリアンとしてぶった切ったら、意外と盛り上がっているみたいなので一度だけ返事しようと思う

経済産業省の次官・若手プロジェクトが作ったペーパーについて、リバタリアンの視点から容赦なく一刀両断してほしい、という要望を受けて下記のようなコメントを述べさせていただきました。

“「時代遅れのエリートが作ったゴミ」発言者に訊く!若手経産官僚のペーパーに感じた違和感とは。 | 一般社団法人ユースデモクラシー推進機構(http://youth-democracy.org/topic/interview170520)”

夜中に行われたインタビューだったので眠くてやや表現が過激になりました(笑)が、日本国内の左寄りの方々から下記のように議論を整理して頂いたので、筆者も一度だけ応答しようと思います。

“経産省「次官・若手ペーパー」に対するある一つの「擬似的な批判」をめぐって - HIROKIM BLOG / 望月優大の日記(http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/response.meti2)”
“選択肢を理解する――経産省、若手・次官プロジェクト資料について(http://blog.szk.cc/2017/05/22/to-understand-our-choices/)”
“鈴木謙介氏の整理に沿ってーー経産省「次官・若手ペーパー」論(3)(http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/response.meti3)”

筆者はこの手のダラダラとコメントするタイプの感想を述べるのは気が進まないのですが、自分自身の主張を他者のパースペクティブで全く異なる文脈で整理されることについては文句を言っておこうと思います(笑)

日本の言論空間の感覚はガラパゴス化によるイデオロギーの選択の幅が狭すぎる

さて、筆者が論評を頂いた内容で決定的に違和感を感じる点は、筆者の主張と経済産業省の若手の政策的な方向性が同一のものとして整理されていることです。

たしかに、経済産業省の若手の本音は、筆者と同じ新自由主義路線であると思います。それは現場第一線にいる彼らが政府の限界性を最も強く認識していると理解しているからです。(買いかぶりかもしれませんが。。。)

しかし、彼らの本音はともかく、筆者は経産省ペーパー自体を新自由主義路線だと解釈したことは一度もありません。むしろ、筆者は経産省ペーパーも望月氏もその程度の差は微々たるレベルの社民主義的な内容だと解釈しています。

望月氏の見解では、経産省ペーパーや筆者は同じように新自由主義路線に見えるのかもしれません。

しかし、筆者の視点から見ると、経産省ペーパーの上に示された内容はあくまでも彼らの立場による「小さな政府を目指すフリ」をするポジショントークであり、現実には他省庁の権益に切り込むための文章でしかないものと理解しています。

政府規模の拡大を事実上容認し続ける支出拡大の方向性すら含む同ペーパーの内容と望月氏が望んでいる社民主義的な政策の方向の本質は同じものです。

社民主義的な方向性が明らかである望月氏の主張から自由主義的な方向に一歩だけ足を踏み出したとしても、筆者にとっては同じ社民主義であって何も変わらないのです。

この程度の内容が新自由主義的な方向に見えてしまうこの手の政策理解の幅の狭さこそが日本の言論空間のガラパゴス化を象徴するものです。そして、この政策議論の振れ幅の少なさが現在の日本の政策の手詰まり感を産み出す原因だと思います。

正直に申し上げると、この程度の新自由主義的な方向性の主張を筆者が述べている政策の方向性と同じものとして扱われることは心外であり迷惑です。

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最終更新:5/27(土) 7:11
アゴラ

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