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加計学園問題は文書の真偽が本質なのか?――【細川昌彦】

5/27(土) 9:10配信

HARBOR BUSINESS Online

 加計学園問題を巡って、議論が迷走している。

 文科省が作成した文書に「総理のご意向だと聞いている」と内閣府から伝えられた」との記述があって問題になったのが発端だ。どうやらこの文書は文科省の担当者が内閣府との交渉状況を次官以下、文科省内部で報告するために作成した文書のようだ。担当者としては日常的に行われる当然の仕事である。今、この文書の真偽に焦点が当てられ、この点についての当時の次官の発言まで飛び出している。

 しかし文書の真偽が議論の焦点になっているが、それは本質的な問題ではない。問題はこれをもって加計学園の獣医学部新設の判断を不当に歪めたかどうか、である。

 仮にこのような発言があったとして、この言葉だけを切り取って議論することは適当ではない。どういう状況での発言かを考えるべきだ。言葉は状況の中で意味を持つ。

 状況はこうだ。国家戦略特区で規制緩和を進めようとする内閣府が規制緩和に抵抗する文科省を説得して実施させようとした。それまでの特区制度では、規制官庁の抵抗に会って、なかなか規制緩和が進まなかった。そこで、新たに国家戦略特区の仕組みに代えて、内閣府が規制官庁と交渉する仕組みにしたのだ。岩盤規制をドリルで打ち砕こう、と発破をかける官邸の意向を受けて、内閣府の担当者も抵抗勢力の役所と闘う意気込みで交渉する。そういう役所同士の厳しい交渉の場では、担当者同士のやりとりの中で、勢い余ってこういう言葉を発することは、霞が関の官僚ならば容易に想像できる。

 私も役所同士で交渉していて、相手の役所の担当者に対して、苛立ちからこの手の言葉を発したこともあったものだ。民間企業においても社内で事業部同士の調整の話し合いで「社長の意向だ」という言葉を思わず発する場面もあるのではないだろうか。

◆まともな官僚は「売り言葉」にひるまない

 しかしそう言われたからと言って、まともな官僚はひるむものではない。単に役所同士の交渉の場でしばしば飛び交う、昔からよくある「脅し言葉」の一つだ。内閣府の担当者のこの程度の言葉で、次官まで圧力を感じるような情けない役所なのだろうか。私にはそうは思えない。

 仮にそうであるならば、おかしいと判断した次官は、即座に官邸に対して確認し、筋を通そうと説明するのがトップとして当然の対応ではないだろうか。それができるのが次官であり、それをすべきなのが次官である。それをせずに、今になって「歪められた」と公に発言する元トップの姿を文科省の官僚たちはどんな思いで見ているだろうか。

 本質的な問題は、この言葉によって本来あるべき意思決定が歪められたかどうかである。

 52年ぶりの獣医学部の新設だという。既得権から長年獣医の数を増やさないようにしてきた強固な岩盤規制だったのだろう。これだけではなく、成田市における医学部の新設も30年ぶりに国家戦略特区の制度で認められた。

 このような既得権を打破する規制緩和の動きに対しては、規制を死守したい者にとっては「意思決定が歪められた」ということなのかもしれない。ならばその意思決定の内容の妥当性こそ問題の本質である。これは本来国会できちっと議論すべきで、これまでそれをしてこなかった怠慢こそ問われるべきではないだろうか。

 さらに厳しく問われるべきは、トップ官僚の在り方だろう。霞が関の多くのまともな官僚たちはきっとこう思っているだろう。

「俺たちはこんな情けない官僚ではない!」

【細川昌彦】

中部大学中部高等学術研究所特任教授。元・経済産業省米州課長。貿易局安全保障貿易管理課長などを歴任し、自動車輸出など対米通商交渉の最前線に立った。著書に『メガ・リージョンの攻防』(東洋経済新報社)

<写真/Dick Thomas Johnson>

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