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「宗教っぽくない」のが最大のメリット!? 禅が多くの人に受け入れられる理由

5/29(月) 17:10配信

エイ出版社

成功者は“禅”を取り入れている

歴史上の偉人から、現代のビジネスマンまで、成功者が禅(ZEN)に傾倒しているという話はよく聞きます。さらに昨今では、禅の修行の基本である坐禅・呼吸法が、私たちの生活の様々なシーンで役に立つとして、年代や性別を問わず手軽に取り入れるようにもなりました。

このように幅広い層の人たちに受け入れられている禅。その理由はどんなところにあるのでしょうか? 宗教学者・正木晃氏が執筆した『日本のリーダーはなぜ禅にはまるのか』からひも解いてみましょう。

禅はシンプルで自由

禅は実にシンプルです。お経を読んで仏教の理論を学ぶというよりも、坐禅というシンプルな修行法を実践するのが近道とされています。もちろん仏教ですから『般若心経』や『法華経』などの仏教経典を重視しますが、他宗派のように一字一句にがんじがらめにされません。

こんな話もあります。臨済禅にとって中興の祖ともいうべき白隠慧鶴(はくいんえかく)は『毒語心経』という本で『般若心経』のことを散々毒づいています。ただの紙くずだとか、般若とは智慧のことだが、人には生まれつき備わっているのだから、今さらああだこうだと文句をたれて何になるのか、など。しかし、それでいて『般若心経』の本質を見事に言い当てているのです。こんな般若心経論は他にはなく、禅は本当に自由です。

誰でもできる修行の基本・坐禅

禅の修行の基本は坐禅です。でたらめに坐っても意味がないので、最初のうちは指導してもらえる師がいるといいでしょう。坐禅には様々あり、いわゆる正座でも、極端なところでは、寝禅といって横になったままでできる方法もあります。坐禅においてもっとも大切な要素は呼吸ですが、どんな坐り方でも、ある一定の時間をかけて呼吸を整えていけば、何かしら得るものがあります。普段意識していない呼吸に意識を集中する。誰でもできて、心の変化を感じることができる坐禅や呼吸法は、なにかとストレスを抱える現代の私たちにはとても有効なのです。

禅は宗教っぽくない

禅のシンプルさや自由度の高さは、禅を宗教っぽさや宗教臭さから遠ざけています。もちろん信仰を持つことには何の問題もありませんし、人が過酷な現実を生きていく中で精神的な支柱を持つのは大切なことだと思います。

ただ、現代日本で「信仰を持つ」ということは、時として第三者から偏見に満ちた目で見られかねません。誰かに向かって「坐禅してます」と言った時の反応と、「○○を信仰しています」と言った時の反応は違うはずです。もしかしたら、現代日本人の感覚では、坐禅は宗教のジャンルというよりも、文化のジャンルに入っている気すらします。そう考えると、禅が宗教っぽくないことは最大のメリットかもしれません。

(出典:『日本のリーダーはなぜ禅にはまるのか』(著者:正木晃))

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最終更新:5/29(月) 17:10
エイ出版社