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芸術家の内奥と表層 ドワイヨンとアザナヴィシウス

5/30(火) 7:47配信

NIKKEI STYLE

 いきなり吹き出しそうになった。黒みの画面に白、赤、青の文字が表れる。モーツァルトのコンチェルトがかかる。ルイ・ガレル演じるジャン=リュック・ゴダールが登場する。若はげに、無精ひげ。茶色のサングラスをかけ、猫背で、ぼそぼそとしゃべる。あまりにゴダールになりきっていて、そっくりショーかと思ってしまう。
 『中国女』(1967年)の撮影現場だ。室内も白、赤、青の原色で構成され、ほぼ正面からゴダールをとらえる。ステイシー・マーティン演じるアンヌ・ヴィアゼムスキーがゴダールを紹介する語りがかぶさる。カメラが切り替わって今度はヴィアゼムスキーを正面からとらえたショット。ゴダールの語りでヴィアゼムスキーを紹介する。そんな撮り方もまるでゴダールのコピーだ。
 21日にコンペで上映されたフランスのミシェル・アザナヴィシウス監督『ルドゥターブル』。『中国女』のヒロインで、当時のゴダールのミューズだったアンヌ・ヴィアゼムスキーの小説「1年後」が原作だ。その前作で邦訳もある「彼女のひたむきな12カ月」のエピソードも一部入っている。どちらもヴィアゼムスキー自身が当時を振り返り、人物を実名で登場させ、恋愛、結婚、幻滅をつづる。
 2人が結婚したのは『中国女』の完成直後で、ゴダール36歳、ヴィアゼムスキー20歳。アンナ・カリーナに去られた後、マリナ・ブラディを追いかけていたゴダールが新たに目を付けたのは、まだ19歳でパリ大学の哲学科を目指して受験勉強にいそしむ少女だった。祖父はノーベル文学賞作家フランソワ・モーリアック、父はロシアの亡命貴族。そんなインテリのブルジョワ娘に、毛沢東主義に心酔し政治的に先鋭化していくゴダールがほれてしまったのだから面白い。
 映画は結婚前後からの2人の生活や会話を赤裸々に描き出す。ゴダールは朝、新聞を読みながらいきなり「結婚してくれ」とつぶやく。うれしいときはおどけて、部屋を後ろ向きで歩き回る。
 『中国女』が中国大使館の人々に受けなかったと言って、救いようのないほど落胆する。本気で中国に招かれると思っていたのだ。アビニョン演劇祭でも新聞でも不評で、さらに落ち込む。
 「ブルジョワを楽しませる映画はもう作らない」と商業主義との決別を宣言し、デモに参加。ところが学生集会では学生からは徹底的に批判される。デモ隊の人々に『勝手にしやがれ』のような映画をまた作ってくれと言われ、困惑する。警察に追われ、友人に殴られ、何度もメガネを割る。
 そんなぐあいにゴダールの俗物性が丸出しになっている。極め付きはその異常な嫉妬深さ。ゴダールがチェコで、ヴィアゼムスキーがイタリアで撮影し、久しぶりに再会した時、やきもちから、ねちねちと若妻をののしり、泣かせてしまう。そして……。
 ゴダールの美学や思想はほとんど語られない。そんなものが簡単に語れるとは思っていないのだろう。アザナヴィシウスはひたすら表層的に俗物としてのゴダールを描く。それは映画のスタイルも同じだ。人物がカメラに向かって語りかけるショットや、さまざまなスローガンと原色の乱舞。こちらもひたすら表層的なものまねである。
 猿まねもここまで徹底すると、それはそれで楽しい。映画の中のゴダールが語るように、ゴダール自身もゴダールを演じていたのだろう。ウォーホルがウォーホルを演じていたように。アザナヴィシウスは案外、分をわきまえている。

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最終更新:5/30(火) 7:47
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