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米国の中国人留学生が語った「自由」と「空気」(中) --- 加藤 隆則

5/30(火) 16:10配信

アゴラ

メリーランド大学の卒業式で中国人女子留学生は、米国の表現の自由をたたえ、中国の現状を息苦しいスモッグにたたえた。演説内容について引き続き言及する。

中国の大学に、彼女が批判するほど自由がないのかと言えば、そんなことはない。これも取材すれば一目瞭然である。

彼女はスピーチの中で、人種問題をきっかけに起きた1992年のロスアンゼルス暴動をテーマにした演劇『Twilight』が、学内で上演されるのを観た際の衝撃について、

“In Twilight,the student actors were openly talking about racism,sexism and politic. I was shocked,I never saw such topic could be discussed openly。
(演劇『Twilight』の中で、学生の演者たちが、人種差別や性差別、政治についてオープンに語っていた。私は衝撃を受けた。今までこうしたテーマが自由に語られるのを観たことがなかった)”

と述べている。だが、中国の大学でもこの程度の話は日常茶飯のように語られている。私のクラスでは、しばしば時事問題を扱うが、国内外を問わずタブーはない。彼女が内陸部の雲南出身で、沿海地区の大学とは開放度が劣ることもあるかも知れない。中国の地方間格差は日本人の想像を超えるほどだ。また、彼女が卒業式の場で、米国の教授や学生に向け、社交儀礼として誇張した表現を用いたことも考えられる。いずれにしても、学生レベルにおいて、「自由」への言及に関するネットでの賛否は、まともに取り合う意味のない切り口だ。

彼女は続けてこう語っている。

“I have always had a burning desire to tell these kinds of stories, but I was convinced that only authorities on the narrative, only authorities could define the truth。
(私はずっとこうした話をしたい強い願望を持っていたが、こうした話は権威者だけが語るべきもので、権威者だけが真相を提示できるものだと思い込んでいた)”

彼女が言う「こうした話」とは、前の演劇を受けている。それは「one that makes the audience think critically」、つまり人々に批判的な思考を許すものだ。だが、彼女が5年前、留学に来る前、中国の国内政治に関心を持っていたとは思えない。中国の学生は、共産党の複雑な権力構造についてまったく無知である。知らされていないというよりも、そんなことに関心を持つ余裕もなく勉強を強いられる。彼女の驚きは、「自由」よりも、そもそもそうした社会・政治問題の存在を発見したこと自体にあったのではないか。

むしろ、彼女のスピーチで大事な部分は次の個所だ。

“Before I came to United States,I learned in history class about the Declaration of Independence,but these words had no meaning to me- Life,Liberty and the Pursuit of happiness。I was merely memorizing the words to get good grades。
(米国に来る前、歴史の授業で独立宣言について学んだが、生命、自由、幸福の追求、これらの言葉は私の人生にとって何の意味も持たなかった。ただいい成績をとるために暗記しただけだった)”

詰め込み式教育への批判である。これは中国の教育が抱える最大の病根だと言ってよい。いい大学に行くために、ひたすら暗記をする。模範解答を書くのはずば抜けている。どうすれば教師に喜ばれるのか、つぼも的確に押さえている。TPOによってものを言い分ける高等技術も身につけている。彼女が登壇できたのも、その結果かもしれない。

だから、ネットでの不条理な攻撃に対してはすぐに、「私は祖国と故郷を深く愛し、国の繁栄と発展を非常に誇らしく思っている。今後は外国で学んだことを用いて中華文化を発揚し、国家のために積極的な貢献をしたい」と声明を公表し、難を逃れることができる。表現の自由の価値をたたえた同一人物の発言とは思えない。

良くも悪くもこれが現実なのだ。おそらく彼女は舌を出して謝罪文を書いたに違いない。そう考えることが、彼女に敬意を表することになる。魂はそう簡単に売り渡していないのだ。批判する者の大半は嫉妬である。だからある日、もし彼女が米国の一流企業に就職したら、「大したものだと」と記念写真さえせがみかねない。気まぐれなネット世論とはそういうものだ。取り合うのもばかばかしい。

内外のメディアが騒ぎ立てる事態を、あっさりとやり過ごしてしまう彼女のしたたかさに、私は舌を巻くばかりである。

(続)


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年5月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログ(http://blog.goo.ne.jp/kato-takanori2015)をご覧ください。

加藤 隆則

最終更新:5/30(火) 16:10
アゴラ

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