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「宇宙人」になった橋本愛に見る、映画『美しい星』の「こじらせ美人論」 [with]

5/30(火) 18:00配信

講談社 JOSEISHI.NET

編集者が美人だったりすると取材相手の対応がいいみたいなことは、相手の性別にかかわらず気のせいレベル以上にあります。そういう意味において「美人は得」はある程度真実です。もちろんそういう経験しかしたことのない美人は、そうでない対応をする人がたまたま「変わった人、嫌な感じの人」と、無邪気に思ってるのかもしれませんが、中には他人と自分の扱われ方の違いを冷静に意識し、上手~く利用している美人も当然ながらいるわけです。

これに対し「美人だからすべて許されると思ってる」と思う人、中には直接それを口に出す人もいたりするわけで、そうした体験からなにかこじらせてしまった美人は「『美人だからすべて許されると思ってる』と思われてる」と思うかもしれません。こういう人にとって「美人ですよね」と近づいてくる人は諸悪の根源でしかありませんから、近づかれるのは迷惑だし、自分の美人ぶりが目立たない地味目の服を着たり、「話しかけないでください」とすげなく断ったりすることになります。

このタイプの美人のさらなるややこしさは、こうした出来事の積み重ねにより、美人である自分への嫌悪感と裏腹に、「自分は美人である」という認識はどんどん強くなっていくことです。そしてもしかしたら、「自分は美人であることを利用したり、美人と言われて喜ぶような、その辺の女とは違う」という、ある種の選民思想(自分は選ばれた存在だと思うこと)のようなものも芽生えているかもしれません。

橋本愛がまさにそんな美人女子大生・暁子を演じる映画『美しい星』は、平凡な4人家族のうち3人(父、兄、妹)が、ある日突然「自分は宇宙人だったんだ!」と覚醒するという、なんだかへんてこな物語です。それぞれの覚醒が真実なのかそうでないのかは映画で確認していただくとして、暁子の覚醒の裏にある悲しさと可笑しさは胸にグサッと刺さる人も多いに違いありません。自分が何か特別な存在のように思える状況、思わせてくれる人。これは「自分は特別な存在ではないかもしれない」という思いに翻弄される「こじらせ」な女子たちにとって、ものすごーく甘い罠でもあるのかもしれません。

『美しい星』 全国公開中!

文/渥美志保