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【黄金世代】第2回・遠藤保仁「コロコロPKの真実」(♯3)

5/30(火) 6:30配信

SOCCER DIGEST Web

これで楽しくないヤツおんのかな? ってサッカーをしてた。

 西野朗監督が率いるガンバは、まさに(攻撃面においては)和製バルセロナだった。
 
 圧倒的なスピードでパスを回して敵のディフェンス網にギャップを生み、稀代のパサーや超絶ストライカーたちがオートマチックに連携し、確実にフィニッシュまで持ち込む。チーム全体が前がかりとなるため、致命的なカウンターを食らう場面が多く、守備はお世辞にも堅いとは言えなかったが、日本サッカーが世界に誇る娯楽性を備えていた。
 
 2008年、AFCチャンピオンズ・リーグを制してクラブワールドカップに臨み、準決勝でマンチェスター・ユナイテッドと対峙。スコアは3-5と木っ端みじんに打ち砕かれたが、古今東西指折りの名門を相手に真っ向勝負を挑んだ姿は、感動的ですらあった。

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 試合後にユナイテッドの“伝説”ライアン・ギグスは、「正直、(ガンバが)あそこまでアグレッシブなスタイルで来るとは予想してなかったから驚いたよ。印象的だったのは7番(遠藤)と30番(山崎雅人)だ」と話してくれた。
 
 チームの中心にいたのは、いつもヤットだった。
 
「とにかく西野さんには自由にやらせてもらってた。自由なぶん、勝つためにはどうしたらいいのかを自分でよくよく考えなアカンかったけど、それが俺には良かったのかもしれない。チームの全員がいいものを出し合って、楽しく勝つ、が浸透していた。取られても取り返せばいいでしょって。1-0より5-4で勝ったほうが楽しいからね」
 
 もっとも印象深いシーズンはどれか。初めてリーグ優勝を飾った2005年か、ACL優勝を果たしてユナイテッドと渡り合った2008年か、それとも、降格の屈辱から這い上がり、昇格1年目でトレブル(3冠)を達成した2014年か。
 
 いずれも違う。ヤットらしい深みのある答が返ってきた。
 
「2004年かな。それもシーズン後半。これは楽しくなっていくぞってのが見えて、その過程が楽しくてしょうがなかった。ちょうど(ターゲットマンだった)マグロンが退団して、地上戦で行くしかなくなった。スタイルががらっと変わってね。したら、繋げる選手がじつはたくさんいて、パスもめちゃくちゃ回り出して。とにかく攻撃的。これで楽しくないヤツおんのかな? ってサッカーをしてたから。
 
 パスサッカーええやんと、手ごたえをがっちり掴んだ瞬間。ジュビロとかアントラーズの黄金期がまだ続いてた時期で、そうした相手とも対等に戦えたのが嬉しかったし、自分が中心になりつつあって、俺次第じゃないかと思うようになったのもあの年から。
 
 たしかに2005年の優勝はむちゃくちゃ感動したけど、あれもまだ成長過程の時期やった。3冠だったりACLを獲ったシーズンもあったから意外かもしれないけど、思い出深いとなると、2004年の後半戦なんだよね」

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最終更新:6/5(月) 6:21
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