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書き入れ時に全店員が休むことを認める、パタゴニアの「企業戦略」

5/31(水) 16:20配信

HARBOR BUSINESS Online

 アウトドア・アパレル業界の雄・パタゴニアの福岡ストアで5月27日・28日、マネージャーを含めて全店員が全員“脱走”するという事件が起きた。好天に恵まれた行楽日和の週末、普通なら書き入れ時のはず。彼らはいったいどこに消えたのか?

◆全店員が店を休んで祭りのお手伝い

 長崎県川棚町川原(こうばる)郷。長崎県が計画する石木ダム水没予定地だ。県は土地の強制収用の手続きを進めているが、いまだに13世帯約60人がそこに住み、ダム建設に反対している。5月27日、このこうばる郷を流れる石木川のほとりで、今年でちょうど30回目を迎える「ほたる祭り」が行われていた。

 パタゴニア福岡ストアのスタッフは、そこで人知れず会場を設営し、焼きそばやビールを売り、撤収作業まで手伝っていたのだった。総勢12人。病欠などを除いた福岡ストアのスタッフ全員が、水没予定地とされ立ち退きを迫られている地域コミュニティの支援に入っていたのだ。

「店はどうしたんですか?」

 入社4年目のスタッフに尋ねると、「他店からヘルプに入ってもらって、ちゃんと営業していますよ」と笑う。神戸、大阪、仙台、果ては札幌のストアから福岡入りしたスタッフが店を切り回しているという。さらっと笑って答えるが、福岡ストアのスタッフにかかる経費だけでなく、はるか北海道からスタッフを呼ぶ交通費や宿泊費などを考えると、かかる経費は少なくない。

◆ダム問題への危機感が行動を後押しした

 あるスタッフに経緯を聞いてみた。「数年前から複数のスタッフが石木ダム問題に関心を持っていました。パタゴニア日本支社長も深い関心を寄せていて、社全体でこの問題に関わっていくことになったんです」

 パタゴニアは近年、全社を挙げて石木ダム建設問題に取り組んできた。多額の出資をして現地でのコンサートやトークイベントを仕掛けたり、佐世保市内のバスを地元画家の作品でラッピングする啓発プロジェクトをサポートをしたり、この問題に関するパタゴニアのプレゼンスは大きい。

 しかし、これまでは「議論喚起」や「側面支援」が主だった。ダム建設の事業主体である長崎県内や、受益者である佐世保市内でも認知度が低い状況を受け、「もっとみんなで考えて、話し合って決めませんか?」というのがこれまでのスタンスだったのだ。今回はさらに踏み込んで、「直接支援」により近くなっている。あるスタッフが内幕を語ってくれた。

「どのような形で関わるのがベストか、ずっと議論を重ねてきました。事態が切迫してきている中で、思い切った行動をすべきだという意見が出てきました」

 現在、工事の差し止めなど2件の裁判が審理中。「現地住民との合意なしには工事は進めない」との知事の約束があるにも関わらず、現地では取り付け道路など周辺工事が一方的に強行され始め、家や土地を強制収用する手続きも進められている。そういった現状に対する危機感が背景にあった。

「ストアのスタッフ全員が店を開けるというのは、パタゴニアでも初の例でした。でも、『誰もやってみたことがないからこそやってみよう』ということになり、本社に企画を出してみたんです。そうしたら、すんなり通っちゃいました(笑)」

 通常の企業なら、「書き入れ時にスタッフ全員が休むなんてとんでもない!」となることが多いだろう。なぜパタゴニアはそれを認めたのか?

◆「エシカル(倫理的な)企業」として、日本社会の縮図に正面から関わる

 祭りの最後、当地を描いたドキュメンタリー映画『ほたるの川のまもりびと』が上映された。スクリーンとプロジェクターで即席の野外上映場を設営し、200人を超える人たちが、映し出されるこうばるの人びとの暮らしに観入った。この映画は現在制作が大詰めを迎え、パタゴニアも制作に深く関わっている。

 辻井隆之・パタゴニア日本支社長は、昨年秋にこうばるで行われた野外ライヴイベント「WTK」(出演・プロデュース/小林武史氏など)を訪れた。その際、「なぜパタゴニアは石木ダム建設問題に関わるのですか」と尋ねると、辻井支社長から一言で答えが返ってきた。

「石木ダムの問題って、日本社会の縮図だと思うんですよ」

 行政の圧力、隅に追いやられる当事者、カネのバラマキによる住民の分断、警察による強制排除……。こうばるがこの半世紀に経験してきたことは、まさに戦後日本社会の縮図のようだ。結果としてコミュニティも環境も破壊され、持続不可能な社会になっていく。持続可能な社会がなければ、企業活動も成り立たないのは自明の理だ。パタゴニアはその命題に正面から取り組むことで、「エシカル(倫理的な)企業」としてのブランドを確立させていこうとしているように見える。

◆「知っている人は、知っている」。コアな顧客層を増やす経営戦略

 しかし、いくら社会貢献をしても企業経営そのものが成り立たなければ話にならない。それなのに、祭り会場にはパタゴニアを宣伝する媒体がなにひとつ見当たらない。せいぜい、スタッフがロゴの入ったパーカーを着ているくらいだ。

 他のスタッフが説明する。

「これでいいんです。うちは商売柄、山関係の競技イベントに協賛することもよくあるんですが、その際もこれみよがしにバナーなどを掲げたりしません。せいぜい選手がうちのロゴが入った製品を着ているくらいです。いつものことですよ」

「知っている人は知っている」。このイメージづくりは、ブームにはなりにくい代わりに、コアなリピーターとなる顧客層の増加を期待できる。その企業理念に賛同した顧客層は、パタゴニアが提示する社会問題に参加していくようにもなる。そしてさらにコアな顧客へと育っていく。それが循環していくことが、パタゴニアの狙いだ。

◆「売り上げ?そんなことより、どんな社会変革の成果を出したんだ!?」

 面白いエピソードを、あるスタッフがこっそり耳打ちしてきた。

「アメリカ(本社)から檄が飛んだらしいんですよ。売り上げより、どんな具体的な(社会変革の)成果を出したのか報告してこい!と」

 野心的とも言える取り組みは、ともすれば生き馬の目を抜く現代資本主義社会ではリスキーにも映る。そのリスクをかけてでも、「社会的に意味のある活動をしてこそ企業経営」というのがパタゴニアの理念のようだ。

 信念を持った企業は強い。業績を伸ばす経営より潰れない経営、という意味では正しい選択かもしれない。その冒険はまだ道半ばだ。もしかしたら後年、「あの頃のパタゴニアが今の日本経済の先駆けだったね」と懐かしむ時代が来るかもしれない。

<取材・文・撮影/足立力也(コスタリカ研究者。著書に『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める)>

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最終更新:5/31(水) 18:53
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