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高学歴56歳男性が「孤独な貧困」に陥った顛末

5/31(水) 5:00配信

東洋経済オンライン

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。今回は双極性障害があり、生活保護を受給して生活するケンさん(56歳)のケースに迫る。

 男は店先の路上にしゃがみ込み、たばこをふかしていた。猫背でひどくやせている。フィルターをつまむ指の爪は長く伸び、黒い汚れがたまっていた。待ち合わせをした人だろうか。多分、違う。なぜかそう思い、男の前を通り過ぎ、約束していたファミリーレストランへと入った。しかし、やや遅れて現れたのは、まさにその男性だった。

■障害年金と生活保護費で暮らしている

 ケンさん(56歳、仮名)。東京都内の私大を卒業し、何度か仕事を変えた後、介護関連会社で人事・経理の職に就いた。年収は800万円ほどあったが、繁忙期は明け方3時、4時ごろまでの残業が当たり前。40代の頃、ストレスからアルコール依存症と双極性障害を発症して失業した。その後は、ローンが残っていた持ち家を手放し、離婚、自己破産――。1人娘は親族の養子となった。現在、仕事はなく、障害年金と生活保護で暮らしている。

 テーブルに着いたケンさんはやおら、元妻への批判を始めた。

 「15歳年下なんです。大学の卒論を書くのを、僕が助けてあげたら、うちに入り浸るようになってしまって。できちゃった婚です。好みのタイプじゃない。家事も何ひとつ、やってくれなかったし。一度、(出演料で)小遣い稼ぎでもしようと思ったのか、テレビのゴミ屋敷特集の取材を受けていましたね。リポーターが“ああ、ゴミの中に赤ちゃんがいます!”と言っていました。離婚の原因?  僕が30歳年下の子と仲良くなったから。キャバクラで出会った子です」

元妻とはネットで知り合った

 元妻とは、インターネット上のQ&Aサイトを通じて知り合った。結婚生活は10年ほど。専業主婦だったが、たびたび子どものせいでキャリアを台無しにされたと不満を口にしていたという。

 私「離婚の直接の原因はケンさんの不倫ということですね」

 ケンさん「不倫じゃないです」

 私「肉体関係はなかった?」

 ケンさん「それは、ありました」

 私「それは不倫と言うのでは」

 ケンさん「倫理って何ですか?  彼女も別の男と関係がありました。(彼女の)SNSを見たときにわかりました。お互いさまじゃないですか」

 私「……」

 表情や語り口の抑揚が乏しいのは、障害の影響もあるだろう。ケンさんは時々、たばこを吸うために席を立った。いわゆる安煙草のひとつ「エコー」を、1日に2箱吸うという。戻ってきた彼に今度は子どものことを尋ねた。

 高校生になる娘の親権は元妻が持つが、さまざまな事情で同居が難しくなったため、ここ1年ほどはケンさんと一緒に暮らしていた。しかし、彼が毎日、料理を作ることは難しく、食事は出来合いの総菜や弁当を別々に取ることがほとんど。会話もない日々に嫌気が差したのか、娘は突然、家を出て母親側の親戚の元に身を寄せると、そのままその親戚と養子縁組をしたという。

 「(娘から)1度だけ電話があり、“養子になるから”と言うので、“そうしたければ、そうすればいい”と答えました。僕がおカネを渡さなかったことが原因だそうですが、そういうことは言ってくれないとわからない。(親戚たちが)僕を非難しているのは知ってますが、あんたたちよりは、子どものことはわかってると言いたい。絵が得意でね。将来は東京芸大に入ってほしい。写真?  ないです。一緒に撮ったことがないので」

■大事なのは娘より「日本の将来」

 娘と離れ離れになって寂しいかと尋ねると、寂しくはないが、生活保護の支給額を減らされたことが不満だという。子どもを親元で育てられなかったことへの後悔や、親戚への感謝の言葉はない。面倒は見られないが、大学の進学先は気にかかる――。ちぐはぐにもみえる主張に戸惑っていると、ケンさんがなぜか突然、森友問題や憲法改正について語り出し、安倍政権の批判を始めた。

 たまりかねて「日本の将来と、娘さんの将来、どちらが心配ですか?」と尋ねると、しばらく考えた後にこう答えた。「日本の将来ですね」。

 悪いのは自分ではなく、周囲の人たち――。ケンさんの話は終始、そんなふうにも聞こえた。大学卒業後、いくつかの会社を辞めた理由も、上司のパワハラや、サービス残業を告発したことだという。しかし、あらゆる局面において自分だけが正しいなどということはありえない。

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