ここから本文です

「認知症税」導入で躓いた英首相メイ 支持率5ポイント差まで迫った労働党はハード・ブレグジットを食い止められるか - 木村正人 欧州インサイドReport

5/31(水) 16:00配信

ニューズウィーク日本版

<英総選挙を1週間後に控え、与野党の勢力図に波乱が起きている。ブレグジットを率いて高い支持率を維持してきたメイ首相の保守党が、マニフェストに格差解消を掲げる労働党の猛追を受けている。イギリスは大丈夫か>

イギリスの総選挙(投票日は6月8日)を前に首相テリーザ・メイと最大野党・労働党党首ジェレミー・コービンのTV討論が5月29日、行われた。メイが直接対決を嫌がったため、2人が別々にスタジオの有権者と超辛口で知られるプレゼンターの質問に答える形で討論が進められた。

討論が行われた24時間ニュース放送局「スカイニュース」のスピンルーム(出演した政治家やコメンテーターから自由に取材できる場所)が報道陣に解放されたので、筆者も参加した。コービンはテロを肯定するような過去の言動と核廃絶など極端な政策について追及を受けたが、予想以上に善戦した。一方、メイは欧州連合(EU)離脱で底堅い支持を得たものの、他の論点では明確な数字は一切挙げず、答えを避けているように見えた。


TVのインタビューに応じるEU離脱担当相デービス(中央) Masato Kimura

テレビ討論は、接戦

メイ政権の重要閣僚、EU離脱担当相デービッド・デービスや内相アンバー・ラッドも顔を見せたが、TV出演が終わるとアッと言う間に姿を消し、ぶら下がるスキもなかった。保守党のメディア・コントロールはメイ政権になって以前より強化された。総選挙最大の山場であるTV討論をどう見たか。著名な政治コラムニストや元労働党特別顧問に採点してもらった(10点満点)。

■左派系大衆紙デーリー・ミラーの政治コラムニスト、ケヴィン・マグワイア

メイ7~7.5、コービン8~8.5

「今日のTV討論の勝者は明らかにコービンだが、遅すぎた。次の首相はやはりメイだろう」

■保守系大衆紙デーリー・メールのコンサルタント・エディター、アンドリュー・ピアース

メイ7.5、コービン6.5

「超辛口プレゼンター、ジェレミー・パックスマンがコービンに武装組織IRA(アイルランド共和軍)とのつながりや『フォークランド紛争は保守党が作ったプロット』という過去の発言を追及した時、有権者はコービンを恐ろしく思ったはずだ。一方、メイは断固としてブレグジット(イギリスのEU離脱)を実行するという強い決意やテロ対策の手堅さで有権者の支持を固めた」


イザベル・オークショット  Masato Kimura

■前首相デービッド・キャメロンの伝記『コール・ミー・デイブ』の共著者で元高級日曜紙サンデー・タイムズ政治部長、イザベル・オークショット

メイ7.5、コービン7.5

「長年コービンを見てきたが、全く期待に値しない政治家だった。今日は流暢で、プロフェッショナルに徹し、スタジオの有権者を説得するように語りかけ、良い出来だった。しかし首相の資質が備わっているかと言えばノーで、最終的に勝つのはメイだ」

■元労働党特別顧問、アイシャ・ハザリカ

「コービンのパフォーマンスは非常に良かった。メイはブレグジットに関してはっきりした態度を示したが、医療や教育、介護などその他の大切な政策について有権者の質問にストレートに答えられなかった」



与党・保守党も、労働党も、ブレグジット支持では一致している。昨年6月の国民投票で示されたEU離脱という民意をメイも、コービンも尊重しているからだ。保守党が単一市場と関税同盟からも離脱するハード・ブレグジットを主張しているのに対し、労働党は単一市場や関税同盟へのアクセスを守るソフト・ブレグジット。

両党がマニフェスト(政権公約)を発表してから、コービン株が急上昇している。ブレグジット以外の争点で労働党が得点を稼いでいる。最近の政党支持率を見てみよう。最大25ポイントまで広がっていた差が一時5ポイントまで縮まった。



さらに31日付タイムズ紙と世論調査会社YouGovが選挙区ごとに聞き取りした5万人調査で、メイは最大で20議席失い、逆に労働党は30議席近く増やし、どの政党も議会の過半数を獲得できない「ハング・パーラメント(宙ぶらりんの議会)」になるという衝撃的な結果が出た。英通貨ポンドの対ドル相場は一時、急落した。

異例のマニフェスト一部撤回

労働党支持率が急浮上したのは、富裕層への課税を強化し、再分配に重点を置いたマニフェストが功を奏したからだ。次の5年間にNHS(国民医療サービス)イングランドに300億ポンド超を投入、大学授業料の無償化、30人学級の実施など、財源をどうするかの問題はともかく、医療や教育の充実を唱えたことが支持を広げている。

これに対し、保守党失速の理由は明白だ。現在、資産を2万3250ポンド以上保有しているお年寄りは自らの介護費用を負担しなければならないが、保守党はマニフェストでこの金額を10万ポンドまで引き上げると約束した。

しかしマイホームが資産査定の対象に加えられたため、批判が噴出。お年寄りが生きている間は介護費用を支払うために持ち家を売却する必要はないものの、亡くなると家は処分され、未払いだった介護費用の支払いに充てられる。お年寄りと同居している家族は住居を失うことを恐れて、「これでは、まるで『認知症税』だ」と猛反発している。

最近の世論調査では、保守党と労働党で支持者の年齢層がはっきり二分している。下のグラフを見ると、高齢者は圧倒的に保守党、若者は労働党を支持していることが一目瞭然だ。マイホームの売却代金を介護費用に充てる「認知症税」の導入で、保守党は高齢者やその家族の離反を招いてしまった。



メイはマニフェストから「認知症税」を撤回したが、先の予算演説で掲げた自営業者や起業家に対する国民保険料(公的年金給付金やNHSの財源)の引き上げを取り止めたのに続くUターン。マニフェストに掲げた政策を投票前に引っ込めるのは前代未聞で、超辛口のパックスマンは「最初の銃声が聞こえたとたん、総崩れする大ボラ吹き」とメイを皮肉った。

総選挙で保守党は圧倒的過半数を確保できるのか。労働党が巻き返せば、メイは強い政権基盤を築けず、EUとの交渉で弱い立場に追い込まれる恐れが膨らむ。メイのEU離脱交渉に早くも暗雲が垂れ込めている。

木村正人

記事提供社からのご案内(外部サイト)

ニューズウィーク日本版

CCCメディアハウス

2017-10・ 3号
9/26発売

460円(税込)

他の日本のメディアにはない深い追求、
グローバルな視点。
「知とライフスタイル」のナビゲート雑誌。