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「お陰様で」「ぼちぼち」を世界で盛大に誤解される日本人

6/1(木) 7:00配信

文春オンライン

 日本人同士で「お元気ですか」ってやり取りすることって、稀にあるじゃないですか。

 うっかり「いやー、マジで超絶元気っすよ!!!」と回答すると単なる馬鹿と思われるので、だいたいの日本人ってのは「お陰様でまずまず元気です」とか「ぼちぼちやらせていただいてます」みたいな回答になると思うんですよね。そう思いません?

 あ、思わない人は続きを読まないでください。

 話が続かないんで。また来週私のコラムを読みに来てね。バイバイ。

 ……と書くと、日本人特有の同調圧力が働いて「そうは思わないけど、まあ、山本の言うことを是としておいて、次を読もう」と考える人が出るわけです。ただ、最近親の介護をしていて思うんですけど、日本人というか日本社会ってそのとき思っている、気持ち、感情、雰囲気をその場でドーンと表現しないように訓練されてるんだろうなあと思う場面が多くあるんですよ。

日本人の『間』というか、言わなくても分かってるんだろ感

 例えば、老夫婦が入院して、お互い身体の具合が悪くて支え合うようにしていて、老奥さんが杖を落としてしまいソファから立ち上がれず、老旦那も膝が悪いのか、かがんで拾うことができなくて立ち往生している場面をよく見ます。大変だな。んで、老夫婦がじっとこちらを見ているんですよね。ああ、拾ってくれってことなんだろうなあ、と察して拾う。こちらも別にそう大きな親切をしているわけでもないんだけど、あまり多くを語らず「どうぞ」と拾って差し出すことを求められるわけです。

 もちろんそうしてやると、老夫婦は「どうも」と言う。この「どうも」が曲者でありまして、「どうもありがとうございます」なのか「どうも余計なことしやがって馬鹿」なのかは分からないようにできている。ひょっとすると馬鹿にされているのかもしれないが、この状況ならば感謝してくれているに違いないのです。きっと親切で拾ってくれるだろうということを予測して動き、感謝の意味を込めて短く礼を言うことで察してくれることを願っているのは、ある種の日本人の『間』というか、言わなくても分かってるんだろ感が充満するわけですよ。

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