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マリリン・モンロー生誕91年! 彼女が私たちに遺したスタイルのレガシー。

6/1(木) 11:04配信

VOGUE JAPAN

死後50年以上経ってもなお、グラマー女優として私たちにインスピレーションを与え続けるマリリン・モンロー。その色褪せないイメージを作ったのは何だったのか? 当時の理想の女性像とはかけ離れ「下品」とまで非難されながらも自身のスタイルを貫いた彼女が、私たちに遺したものとは? 6月1日、存命ならば91歳を迎える彼女。その革新的なファッションセンスと意志の強さに賛辞を捧げたい。

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パーマヘアに、セクシーな動き、絶妙な場所に位置するホクロ。マリリン・モンローは、20世紀で最も偉大なスタイルアイコンの一人であり、大衆のイマジネーションから決して遠く逸れることはなかった。

一見相反する性質の融合体が、モンローの魅力そのもの。

唇を尖らせたあの若き日の彼女のイメージは私たちにとってあまりにも鮮明で、今日6月1日が彼女の91回目のバースデーになるということが今、信じられないほどだ。彼女は、美の女神アフロディーテであると同時に、隣にいそうな少女のようでもあり、また傷つきやすく見えて、官能的でもある。この一見矛盾した彼女特有の性質は時代を超え「グラマー」という概念を確立したのだ。

私たちをひきつける彼女の魅力や伝説は、今もなお収まる気配がない。昨年、1962年にモンローがジョン・F・ケネディにセレナードを歌うために着た、薄手のジャン・ルイのドレスが、オークションの世界記録480万ドル(387万ポンド)で競り落とされた。

シドニーのオペラハウスや、あるいはモナリザのように、彼女のイメージは私たちにとって馴染みのあるものになり、どこにでも目につくものになってしまった。その存在感が原因で彼女が「スタイル」というものにどれだけ貢献してきたのか、またどれだけそれに精通していたのか、ということに目を向けることを困難にしている。

セックスシンボルとしてのイメージ作るのに欠かせない、ファッションとメイク。

わずか16年にわたるキャリアの中で、モンローは女優として、プロデューサーとして、歌手として、ビジネスウーマンとして、野心的な知識人として、そしてとりわけセックスシンボルとして、名声を確立した。1950年代のハリウッドで理想とされていた、内気で控え目な女性像からモンローは遠くかけ離れていた。彼女は「性の女神」としてのイメージを不朽のものとするためにファッションやメイクをツールとして使っていた。例えば、敢えて乳首を強調するために衣服の胸もとにボタンを縫い付けたり、唇を半開きにしたり……数々の写真に収められたこのポーズは「ルック」として人々に広く認知されるようになった。

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最終更新:6/1(木) 11:04
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