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元祖不良老人・永井荷風の愛した女たち

6/2(金) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 文豪・永井荷風(1879~1959)の人物像を知らしめたのが、『ビッグコミック』の人気連載『荷風になりたい 不良老人指南』(原作/倉科遼、作画/ケン月影)。週刊ポスト5月29日発売号では、同作のフルカラー8P特別編を掲載している。生涯をかけて花柳色町の世界をテーマにした荷風が最も愛したのは誰だったのか──その謎に迫る。

 荷風は代表作『ボク(サンズイに墨)東綺譚』と、大正6年から昭和34年まで40年以上にわたって書き継いだ創作まじりの日記『断腸亭日乗』で、日本の文学史に大きな足跡を残す作家である。内務官僚の父と高名な漢学者の娘である母のもと、裕福な家庭に育ち、当時の日本人としては珍しく私費留学の形で欧米に滞在。30歳手前で帰国すると、漢文調の美文で「風俗」を描く小説家として、文壇の枠を超えて注目された。

 このとき、荷風の才能を賛美する声と同時に非難する向きもあった理由は、荷風が「ただのフィクション」として作品を書くのではなく、いわゆる「私小説」を書き続けたからだった。たとえば『ボク東綺譚』は、小説家の主人公と娼婦の出会いと別れを描いた作品で、他にも『貸間の女』、『つゆのあとさき』など、荷風作品で重要な役割を担う娼婦たちには、すべてモデルの存在が指摘されている。

 そして荷風その人も作品世界の通り、私娼窟、カフェ、芸者遊びに没頭する生涯を送った。「色の道」を極めるだけでなく、「色の道」を芸術にまで昇華した文人だったのだ。

◆「肉は腐る手前が旨い」

 いったい、永井荷風にとって生涯最高の女性は誰だったのか。一般的にはもっとも長い時間を共にした関根歌だといわれているが、はたして本当か。荷風なき後の銀座に、伝説のキャバレー・ハリウッドを開いた福富太郎は、「少々悪趣味」こそが荷風のタイプだったのではないかと書いている。

〈食べ物に例えるなら腐る一歩手前の肉を焼いて食べるのが好きなのだ。当時としては日本人離れしている女性に興味があったのだろう。良家の子女はお呼びでない。リンゴや柿などよりドリアンの方が好きなのだ〉

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