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【芸能コラム】「おんな城主 直虎」の脚本家が描くもう一つの戦国 『花戦さ』

6/2(金) 19:32配信

エンタメOVO

 新たな人物も続々と登場し、さらに勢いがついてきたNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」。女性の領主による領地経営という視点から戦国時代を描き、これまでにない作品となっている。鮮やかな筆致で脚本を手掛けるのは森下佳子。その森下が脚本を執筆し、戦国時代を舞台にしたもう一つの映画が6月3日から公開される。それが『花戦さ』だ。

 京都・六角堂の花僧・池坊専好(初代)が、自ら生けた花で、暴君と化した権力者・豊臣秀吉をいさめたという華道の家元・池坊に伝わる伝説に基づく鬼塚忠の同名小説を映画化。ただし、映画化に当たっては森下が物語を大きく改訂した。換骨奪胎とも言うべき作業を経たその内容を見ていくと、「おんな城主 直虎」にも通じる森下らしさが浮かび上がってくる。

 『花戦さ』と「おんな城主 直虎」の大きな共通点は、主人公が“僧侶”であることだ。専好(野村萬斎)は、六角堂の“執行(しぎょう)”、すなわち住職を務めながら、生け花の名人として活躍する花僧。一方、「おんな城主 直虎」の主人公・井伊直虎(柴咲コウ)も、子どものころに出家して僧侶となった後、家を継いで当主の座に就いたという経歴を持つ。

 戦国時代を舞台にしながら、時代の主役たる武士ではなく、僧侶を主人公にすえた二作品に込められた森下の思いとは何か。そのヒントになりそうな森下の言葉が、当サイトに掲載された「おんな城主 直虎」放送開始前のインタビューにある。

 「戦国時代は斬ったり斬られたりが当たり前の世界ですが、相手を斬ったら敵になってしまいます。守るためには敵は少ない方がいいので、できるだけ斬らずに生き抜いていくような人にしたいと考えています」

 主人公・直虎の人物像について語ったもので、これは知恵を尽くして領地を守ろうとする劇中の姿に現れている。そして、それは『花戦さ』にも通じる。つまり、争いを力以外で解決しようとする姿勢だ。

 映画と原作小説の違いに注目すると、そのことがより明確になる。

 まず冒頭、原作では織田信長が本能寺の変で倒れ、弔い合戦として秀吉が明智光秀を討つくだりを描いた後、さかのぼって専好が信長に生け花を披露する場面となる。だが、映画では、本能寺の変から秀吉の弔い合戦までをばっさりカット。信長(中井貴一)に花を披露するくだりが幕開けとなり、印象が大きく変わっている。付け加えるなら、ここで窮地に立った専好を、秀吉(市川猿之助)の機転が救うという一幕が加わっていることも挙げておきたい。

 専好が信長のもとを訪れる経緯も原作と映画では異なる。原作では、師匠に従って信長のもとを訪れる途中、師匠が病に倒れたことから、代理でまだ若い専好が花を生けることになる。だが、映画では「物騒な武家のところには行きたくない」と考えた師匠たちが、専好をうまく丸め込んで行かせることになっている。

 このように、映画では原作よりも武力や武士を忌避する傾向が随所に見られ、力以外の方法で問題を解決しようとする姿勢がより強く打ち出されている。

 また、原作では真面目な人物として描かれている専好が、映画では「おんな城主 直虎」の南渓和尚(小林薫)を思わせるひょうひょうとしたキャラクターに仕上がっている点にも、両作品のつながりが感じられる。

 花で時の権力者・秀吉をいさめた専好と、知恵を振り絞って領地・領民を守ろうとした直虎。折しも、現代の世界ではテロや重大事件が頻発し、人々の分断が進む。問題解決に武を用いない僧侶を主人公とした二作品から、そんな世の中を見詰める森下の思いを感じるのは、筆者だけではないはずだ。(井上健一)

最終更新:6/2(金) 19:32
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