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【野球の偉人を称える】ジーン・クレールのカルチャーメモ

6/2(金) 12:12配信

GQ JAPAN

ニューヨーク、もっと言えばブルックリン出身ということで、私のDNAには野球が組み込まれている。フィールドの中だけでなく外でも注目を浴びた選手、野球というスポーツの本質には品位というものがあるべきだと教えてくれた選手たちを紹介しよう。

【野球には品位があるべきだと教えた選手紹介】

まずはルー・ゲーリッグ。そのプレーに対する姿勢と日々の活躍から、彼は”アイアン・ホース(鉄の馬)”と呼ばれた。オールスターに7回連続で選出されたうえ、三冠王を獲得、そして6度のワールドチャンピオン選手だった。しかし1939年のある日、すべては一変した。ALS(筋萎縮性側索硬化症)という筋肉を侵す不治の病にかかり引退を公表するのだ。体をほとんど動かすことができなくなり、その最期は不幸だった。しかし、彼の威厳と人間性、謙虚さが失われることはなかった。

ジャッキー・ロビンソンは、野球に人種差別があった頃のニグロリーグの出身。1947年にメジャーに移籍した際には、南部出身の選手やファンから大きな反発が起こった。自らに向けられた想像を絶する偏見に、ロビンソンは例を見ないほどの紳士的な態度で臨んだ。彼の中で何より大事だったのは、チームを助けるために自分がいるということ、そして野球をするために自分は存在しているということだった。彼はその信念に従って行動した。その意志の力に私は感服する。

ロベルト・クレメンテは見ていてわくわくする選手の一人だった。私が子どもの頃は、どのチームを応援している少年もクレメンテのことが好きだった。ヒョウのようなスピード、大砲のような肩、タカのような目を持っていると言われていて、MVPも獲ったし、ワールドチャンピオンにもなった。しかし、彼は選手としてだけでなく人として偉大だった。飛行機事故で亡くなったのは38歳の時だ。ニカラグア地震の被災者に救援物資を届ける途中の出来事だった。

ロッド・カルーは、コンタクトヒッターとして知らない人はいない存在。3割2分8厘というキャリア通算打率には圧倒されずにいられない。しかし、1995年、娘のミシェルが白血病と診断される。ラテン系の父とロシア系ユダヤ人の母を持つ彼女には、合致する骨髄移植のドナーを見つけることが難しく、18歳の若さで亡くなってしまう。この出来事に打ちひしがれたカルーだったが、その落ち着いた物腰と優れた人格が変わることはなかった。

何百万ドルもの契約や大きな車、豪華な邸宅について話すことはあっても、彼らがくぐり抜けてきた戦いが話題になることはあまりない。

ここまで書いてきたのは、なぜ私たちがこのスポーツを愛しているか、その理由を知ってほしかったからだ。野球は人間そのものであり、とにかく野球であり、それゆえ人間のなかにある最高の品位を見せてくれるものだからだ。さあ、プレーボール!

Gene Krell

最終更新:6/2(金) 12:12
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