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『20センチュリー・ウーマン』はいかにしてつくられたのか?

6/2(金) 18:10配信

WIRED.jp

6月3日から日本公開される映画『20センチュリー・ウーマン』。前作『人生はビギナーズ』で自身の父親を描いたマイク・ミルズは、本作では母親を描いている。自らの幼少時代と家族をベースに映画を撮るために、彼は役者たちとどのように映画をつくっていったのか。

『20センチュリー・ウーマン』予告映像

少し前のことだが、脚本家/映画監督のマイク・ミルズは自分のスマートフォンを失くした。タイミング的に、これはかなり都合の悪いことだった。ロサンゼルスを拠点とする50歳のミルズは、自身の監督最新作『20センチュリー・ウーマン』のプレミア試写会のためにニューヨークにいたからだ。ナヴィゲーションや検索、メールを使わずに、忙しい数日間を過ごさねばならない。酷い話だ。

「驚きましたよ」。それから数カ月が経った2016年12月のある曇り空の朝、マンハッタンのホテルでミルズはそう語る。「誰かが言うんです、『マイク、次の予定まで1時間ある』と。そして、ぼくは街に出てからこう思うんです。『1時間って何?』と。もちろん、経験的に1時間が何かはよく知っています。でも、その時間を計る術を失ってしまったのです」

1979年、時間は気づかぬうちに過ぎていった

時間がなくなったようなぼんやりとした感覚、そしてそれが与える解放感は、『20センチュリー・ウーマン』の作中で大きな役割を果たしている。

舞台は1979年のサンタバーバラ郊外。アネット・ベニング演じるドロシアは、下宿屋を営むシングルマザーだ。ドロシアの下宿には、スケボー好きでますます母親の手に負えなくなる息子のジェイミー(ルーカス・ジェイド・ズマン)、さまよえるブルーカラーの男・ウィリアム(ビリー・クラダップ)、子宮頸がんであることがわかったばかりのパンク好きの写真家アビー(グレタ・ガーウィグ)が住んでいる。

そして、ドロシアがジェイミーと心を通わすことができないと気づいたとき、彼女はアビーと、近所に住む早くも人生に疲れたティーンエイジャーのジュリー(エル・ファニング)を選び、息子の思春期を支えてくれるように頼む。

ストーリー的には大体こんなところだ。『20センチュリー・ウーマン』には、複雑な話のどんでん返しやメロドラマ的な告白があるわけではない。その代わりにキャラクターたちは、不確かで、ゆっくりとした時の流れのなかを少しずつ進んで行く。ドロシアとウィリアムがブラック・フラッグの曲の歌詞を解読しようとしているときにも、全員がリヴィングルームに集まってジミー・カーター大統領(当時)の「信頼の危機」演説に見入っているときにも。

たとえミルズが几帳面で無駄を好まないストーリーテラーだとしても、映画のなかの女性たちは、インターネットが登場する前の時代にあった“退屈で屈託のない空気”を再現している。この時代、日々は計画されたものではなく、時間は気づかぬうちに過ぎていったのだ。

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最終更新:6/2(金) 18:10
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