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プロレスは“やる側”と“観る側”の知恵くらべ――フミ斎藤のプロレス読本#015【Midnight Soul編10】

6/2(金) 9:00配信

週刊SPA!

 1992年

 つけっぱなしのTVモニターがいつのまにかサンドストームに変わっていた。ほとんどのレスラーたちは眠っているようだった。

「あれ、富士山が見えるよ」

 タイガー服部が、だれに話しかけるでもなく独りごとのようにつぶやいた。

 カーテンをそおっと開けて外をたしかめてみたら、たしかに進行方向の左手に富士山が見えた。真っ暗な空に、さらに黒く、大きな富士山のシルエットがくっきりと浮かび上がっていた。きっと御殿場インターチェンジを過ぎたあたりなのだろう。

 越中詩郎と斎藤彰俊も窓の外を眺めていた。

「なあ、サイトーよぉ。メシはどうする?」越中が“反選手会同盟”の後輩に食事に関する作戦を問いただした。

「ホテルのそばに24時間のお弁当屋さんがありますから。それから、コンビニもありますし、はい」彰俊は東京に着いてからの食事の計画をしっかりと頭にインプットしていた。

「おい、揚げ物ばっかの弁当食ってたら病気になっちまうぞ。あれは油が悪いぞー」

「ええ、気をつけてます」

 ほとんど1年じゅうツアーに出ているプロレスラーにとって食生活はきわめて重要な問題だ。食生活だけではない。ヘビー級の体をつくり、なおかつ動けるコンディションを整えておくためには毎日のトレーニングも欠かせない。

 ほかのスポーツとちがって、プロレスラーはビジュアルにも神経を使わなければならない。そして、いちばん大切なのはイメージ・ワークだろう。

<新日本プロレス/バトル・ファイナル/愛知県・名古屋レインボーホール大会>

 ぼくは、編集部に帰ってから書かなければならない原稿のことをあれこれ考えはじめた。プロレス雑誌の記事は、試合内容だけをリポートしてもまったく意味がない。

 カラーグラビアは、技の解説なんかをするよりも、大きな写真を1点だけみせたほうがよっぽどわかりやすい。試合経過をたんねんに記述しても、それはその試合のなかで起きたことを順番に再現しているにすぎない。

 大切なのは、レスラーがなにを考え、どんなことを観客に伝えようとしてリングに上がっていたかを試合のなかから読みとることだ。技のひとつひとつ、動きのひとつひとつに言語には変換されないメッセージがちりばめられている。

 プロレスラーは根本的には運動選手の集団だから、無意識のうちに偽らざる気持ちを体で表現してしまう。

 プロレスはイミテーション・スポーツではない。もちろん、お芝居でもない。試合結果や記録だけに価値を求める純粋な競技でもない。やる側と観る側の知恵くらべのプレゼンテーションである。

 プロレスラーが10人いれば10通りのプロレスの定義があり、観客が1000人いればそこには1000通りの解釈がある。やっかいといえば、ひじょうにやっかいなジャンルである。

 ぼくはぼくで、プロレスの試合を観るとき、リングの上にいるレスラーと自分とを同一化することを試みる。ホーク・ウォリアーを観るときはホークになったつもりで、佐々木健介を観るときは健介になったつもりで試合に参加する。

 ぼくよりもはるかに体の大きい相手が目のまえに立っていたとする。思いっきりショルダーブロックをぶつけてみる。倒れない。当然、数秒後には同じ技でお返しをされる。ぼくは何メートルも吹っ飛ばされる。

 ならばとこんどはバックにまわってテイクダウンをとる。グラウンドになれば体の大きさのちがいはあまり関係ない。フロント・ヘッドロックで締めあげる。ざまあみろ、という気持ちになる。でも、効き目がない。腕をとられ、力ずくでスタンディング・ポジションに戻され、あっというまにボディースラムで真っ逆さまにキャンバスにたたき落とされた――。

 思いどおりになるときもあれば、思いどおりにならないときもある。予想があたることもあれば、予想が外れることだってある。だから、この次はどうしたらいいのか、失敗しないためにはどうすればいいのか頭をひねって考える。

 選手たちはリングのなかで闘いを展開しながら、観る側に対してありとあらゆるシチュエーションを提示してくれる。そして、観客はプロレスとプロレスラーのなかに自分を発見する。

 窓の外に見える真っ黒な富士山をもういちど眺めながら、ぼくはたばこに火をつけた。

「おい、たばこを吸ってるのはだれだ。アスリートが乗ってるんだぞ!」

 いきなり、トニー・ホームに怒鳴りつけられた。ぼくのすぐ後ろの席に座っていた栗栖正伸が不愉快そうに無言で窓を開けた。

 もう寝静まっているものだとばかり思っていたら、みんなちゃんと起きている。あしたの試合のことを考えながらイメージ・ワークをはじめているのだろうか。

 ぼくは急いでたばこの火を消して、目をつぶった。(おわり)

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

日刊SPA!

最終更新:6/2(金) 9:00
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