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安田記念こそ現代競馬の血統を象徴するGIレース

6/4(日) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 GIのひとつ、安田記念。かつては短距離血統馬の覇権争いの場だったが、近年は種牡馬としての箔付けのレースとなっている。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、安田記念をめぐる血統の面白さについて解説する。

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 前回はダービーにおけるサンデーサイレンス産駒(以下SS)の圧倒的な活躍についてお話ししました。

 ところが安田記念での成績はダービーほどではありません。SS産駒が初めて出走したのは1996年。前年の皐月賞馬ジェニュイン(松山康厩舎)が4着、オークス馬ダンスパートナー(白井寿厩舎)が6着でした。以後、毎年のように出走してきましたが、健闘はするもののなかなか勝ち馬が出ませんでした。2000年、2001年と続けて京王杯SCを勝ったスティンガーも、直後の安田記念では撥ね返されました。

 SSが安田でふるわなかった理由としては、こんなことをいわれていました──安田記念は高速マイルレースの傾向が強く、ラップが緩まずスピードの持続力が不可欠。SSは中盤で脚をため、残り3ハロンで一気に加速するようなところがあるから、序盤の追走に力を使ってしまって末脚が甘くなる。つまり「届かない」ことが多い、と。いわれてみれば、そんな面もあったようです。

 そんな中、意外にも初めて勝ったのは直子ではなく孫。2004年、ダンスインザダーク産駒ツルマルボーイでした。SSとして初めての勝利は2007年のダイワメジャーまで待たなければなりませんでした。

 しかしこれはSSにマイル適性がなかったということではないと思います。当時は、2400メートルを強く走る馬はマイルには使わないという傾向があり、3歳時にクラシック戦線で上位に来た馬は、天皇賞(春)か宝塚記念を目標にしていました。

 マイルGIはいわゆる八大競走(牡牝クラシックに春秋の天皇賞、有馬記念)に数えられていませんでした。短距離馬限定(春のベストマイラー決定戦)という印象で、強い外国産馬の出走が多かった。そこにあえてGIで安定した成績を残しているSS産駒を出走させる理由付けに乏しかったのでしょう。SSのダービー馬で、古馬になってから2000メートル未満を走った馬は1頭もいないのではないかと思います。

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