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カーライフ、恥の原点「フェラーリ 348tb」──清水草一の愛車エッセイ Vol.1

6/4(日) 22:00配信

GQ JAPAN

乗り継いできたクルマの数は優に40台を超えるモータージャーナリスト、清水草一が、愛車史を振り返る新連載の自動車エッセイ。第1回はフェラーリ 348tb。清水草一はなぜ32歳でフェラーリを買ったのか? 今回はその前段である。

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■清水草一、55歳

思えば恥の多い人生であった。

高尚なるクルマ趣味人の皆様の伝記を読むにつれ、自分はなんと浅はかで愚かなカーライフを送ってきたのかと、暗澹たる思いにとらわれる。

暗澹たる思いはそれだけではない。たとえば臀部のイボ。私の左の尻には、ピョコンと飛び出した乳首のようなイボがある。2年ほど前にその存在に気付き、「これは老人性のイボだな」とは思ったものの、部位が部位だけに皮膚科で切除してもらうのもためらわれた。

たがかイボ。それを切ってもらうのに、わざわざ人様に向けて55歳の汚い臀部を出すというのは、得られるメリットに対してあまりにもデメリットが大きすぎるではないか。

そうこうしているうちに2年間が過ぎ、先日久しぶりに鏡でイボを見てビックリ仰天した。すこぶる大きくなっていたのだ。2年前は私の乳首程度だったのが、現在は乳首の数倍はある。

今後もイボは大きくなるのだろうか? このままどこまでも大きくなのだろうか? イボがガンに変化することもあるのだろうか? 死因はイボ。それは避けたいが、皮膚科に行くのはどうしてもためらわれる。

そこで私は、イボを糸で縛ってみることにした。それでイボが取れることがあると、ネットに書いてあったからだ。

イボを縛って約1週間。まだ取れる気配はない。

■人生最大の目的

私のカーライフの恥の原点は、32歳でフェラーリを買ったことにあるだろう。

正確に言うと、27歳で初めてフェラーリ様(漫画家・池沢早人師先生の当時の愛車、テスタロッサ)を運転させていただいて脳天に雷が落ち、「これはいつか絶対に買わねばならぬ」と決意した時に、大きな間違いが始まった。

人によってはその蛮勇を誉めてもくれるが、今になって思い返せば、完全に無知ゆえの暴走であった。

当時の私の比較対象は、言うまでもないが当時の私が乗ったことのあるクルマたちであった。その頃私は一介のサラリーマン(出版社社員)であったため、知っていたのはシルビア、ソアラ、フェアレディZといった国産スポーツカー。フェラーリに乗って「これはぜんぜん違う!」と震撼するのはあたりまえのことだった。

つまり私は、途中を全部スッ飛ばして、「この世には、フェラーリかそれ以外しかない」と思い込み、人生を捨てる覚悟で、そこに一直線に走ってしまったのである。

おかげで、私にとって初めてのガイシャがフェラーリとなり、初めてのミドシップ車がフェラーリとなり、初めての左ハンドル車がフェラーリとなった。せめてもう少し経験を積んでからフェラーリに乗るべきであったが、経験を積むにはカネがかかることをいち早く見抜いた私は、すべてをスッ飛ばしてフェラーリに猪突猛進した。本当に愚かであった。

あるいはあの時、仮に私がもっとマニアックでエンスージアスティックな、たとえばアバルト124ラリーを知っていたら、そんな高望みをしなくても、十分に気持ちよくて楽しいカーライフは存在するのだと理解できていたかもしれない。

アバルト124ラリーには乗ったことがないしよく知らないが、その他なんでもいい、とにかくもう少し手に余らない、自分でもいじれそうなステキな旧車趣味とかそういうのに行っていれば、洗車以外にもクルマをいじれるアクティブなクルマ趣味人になっていたはずである。

そして今ごろ、もっとはるかにハイグレードでインテリジェンスに溢れたオシャレさん人間になり、モテモテな人生を送っていた可能性すらある。

人生最大の目的はモテること。それをしみじみ実感する、55歳の今日この頃である。

清水草一(しみず・そういち)
1962年、東京都生まれ。84年に集英社に入社。『週刊プレイボーイ』編集部を経て93年に独立。これまでに購入したクルマはまもなく50台に迫る勢い。現在の愛車は赤い玉号こと86年式のフェラーリ 328 GTS。

文・清水草一

最終更新:6/4(日) 22:50
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