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トッティ選手、涙の引退式。正直、これほど感動するとは思わなかった…

6/4(日) 20:11配信

MEN’S+

レアルの史上初CL連覇、クリ・ロナの2発よりも胸は高鳴る!?

 2017年5月最終週のこと、国内各地で行われたセリエA最終節。その中でも、ひと際盛り上がったのが、スタディオ・オリンピコ・ディ・ローマでした。なぜなら……

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 我々日本人の多くの人にとって、トッティ選手と聞いて思い出すのは、もしかするとプレー中の姿ではないかもしれません。

我々日本人にとって、主役は中田選手でその脇役にトッティ選手がいたのでは?

 皆さんも思い浮かべてみてください…いかがですか? 熱狂的なセリエAのファン以外の皆さんにとっては、トッティ選手といえばピッチ上を去る姿ばかり思い出される人が多いのではないでしょうか。それはロバート・キャパ風に言えば「Slightly out of Focus」、そう、ちょっとピンぼけでありながらも、厳しくも寂しい表情ははっきりと浮かんでくるような…。 
 
 その思い出の映像において、代わりにピントが合っているのが当時、日本代表MFでありASローマ所属の中田英寿選手。準備万端、胸を張ってピッチへと走り出している姿が浮かび上がるのでは!?

 
 それは2001年5月6日のこと。2000-2001シーズンのセリエA第29節でユヴェントスFC(28節まで2位) vs ASローマ(28節まで首位)による首位攻防戦が、当時のユヴェントスのホームである「スタディオ・デッレ・アルピ」で行われました。
 
 状況はユヴェントスFCの2点リード。そこに、途中交代としてピッチへ登場した中田選手は、自らのミドルシュートによって1点を返します。さらに終了間際には、またもやミドルシュートを放つも、ディフェンスに阻まれることに…。しかし、そのこぼれ球をモンテッラ選手が詰め、ゴール! この同点弾の立役者となったのも中田選手というわけです。試合結果はドロー。この結果がシーズンの最後まで響き、ASローマは見事、18シーズンぶりのスクデットを獲得することができたのでした。

生え抜きのASローマ戦士の引退に多くの人が涙した。

 このように我々日本人にとっては、ASローマ=主役は中田選手であり、トッティ選手のほうが脇役といった存在ではなかったでしょうか。または、中田選手のほうが上手いのに、なんでトッティ選手がスタメンなんだ? と、やっかんでいた人も少なくなかったでしょう。
 
 ですが、当然のことながら、ヨーロッパではこのトッティ選手は偉大なサッカー選手であり、偉大なスーパーアスリートの一人として多大な評価を得ているのです。特にロマニスタ(ASローマの熱心なサポーター)の間では、トッツィ選手の人気はダントツ。実力もさることながら、彼の存在自体がASローマというチームそのものであり、ときに監督よりも権力を握るほどのいゆわるカリスマ的存在なの(だった)です。

 
 …ということで2017年5月28日、ASローマを若くから牽引してきたバンディエラ(生え抜き)であるトッティ選手の引退セレモニーが行われたわけです。
 
 そしてスタジアムは、この日の勝利への歓びなど忘れたかのように、トッティ選手の引退にすすり泣く声ばかりでスタンドは埋め尽くされたのでした。
 
 「イル・プリンチペ(王子様)」と呼ばれたトッティ選手は前出のように、2000年1月に移籍加入した元日本代表の中田英寿氏とポジション争いを繰り広げることによって、日本でも一挙に知名度が高まりました。中田氏とともに、2000-2001シーズンの18季ぶりのスクデット(セリエA優勝)の立役者となり、イタリア代表としても06年ドイツW杯での優勝に大きく貢献。
 
 一方、2002年に行われた日韓W杯決勝トーナメント1回戦では、韓国戦において誤審による退場処分を受けるなどなど、記録ばかりではなく記憶にも残るスーパースターとして、サッカー界にその名を刻んでいるのです。

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最終更新:6/4(日) 20:11
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