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『13の理由』が“自殺を美化するドラマ”じゃない理由

6/4(日) 16:00配信

リアルサウンド

 主人公クレイを友人トニーが自分の愛車の赤い旧式マスタングで送ろうと誘う。そして彼らの通う高校から自宅までの道すがら、テープに録ったジョイ・ディヴィジョンの「Love Will Tear Us Apart」を車のステレオで流して聞かせる……。

 Netflixで配信されるや今年最大のヒットドラマになると同時に、「青少年のメンタルに悪影響を与える可能性がある」「青少年の自殺を美化している」などの批判も浴びたドラマ『13の理由』、その第1話ほぼ冒頭のこのシーンだけを見ると、評価とは別に、ドラマに対する批判にも理由がないわけじゃないとも思える。

 「Love Will Tear Us Apart」といえば、リリース直後の1980年5月18日にバンドのフロントマンだったイアン・カーティスが自殺してしまったこと、「愛が僕らを再び引き裂く」という歌詞が自殺直前の彼の精神状態を反映したものとも取れることから、否応なく「自殺」というイメージと強く結びついてしまっている曲だ。さらに、ドラマ中でクレイとハンナに起こる「ある夜の出来事」と、トニーがその「出来事」を知っていることを考えると、わざわざその曲を選んでクレイに聞かせるトニーにまさに「ハンナの自殺を美化する」姿勢を感じないでもない。

 「カナダの学校でドラマを話題にすることを禁止」「フロリダでは学校の図書館から原作小説を撤去」「ニュージーランドでは国の機関が『親と一緒に観るのが望ましい』とのガイドラインを公表」……一時はこんなニュースが次々と伝わってくる状態だったが、そんな世界的な騒ぎが起こってしまった一番大きな理由は見れば誰でもすぐわかる。単純に『13の理由』が「面白すぎる」のだ。

 自殺した女子高生ハンナ・ベイカーはその理由を語った13本のテープを残していた。1本1本のテープはそれぞれハンナを自殺に追い込んだ「加害者」に宛てられており、その「加害者」が13本全部を聞き終わったら次の「加害者」に回すよう生前のハンナによって指定されていた。そのテープが、ハンナの同級生でバイト仲間だったクレイという少年に回ってきたところから物語は始まる。なぜハンナは自殺したのか? クレイは一体彼女に何をしてしまったのか? その2つの謎に引っ張られドラマは展開する。

 高校生たちのキャラクターのリアリティーとか、主演2人の相性の良さとか、音楽の使い方と意味の持たせ方とか、このドラマの美点を数え上げたらきりがないが、ヒット最大の要因は昨年の『ストレンジャー・シングス』が体現した配信ドラマの最新ヒット公式をさらに突き詰めたところだろうと思う。

 ある程度エピソード単位の独立性を持たせつつ、13話全体としても1つの大きな物語になっている構成。エピソードをまたいで細部まで繋がった伏線。大きな「謎」で引っ張りつつ、一話一話確かに核心に近づいていく語りのスピード。視聴者に「ビンジ・ウォッチング」、一気見以外の選択肢を与えないくらいの吸引力がある。

 その物語の最後に待っているのが、よりによってハンナの自殺を具体的に描いたシーンなのだ。製作者の目的意識の誠実さはよく分かるし、疑ってもいない。ただ、なまじ面白すぎ、題材がセンシティブ過ぎるだけに、このドラマに夢中になる姿を見て心配になる保護者や教育関係者の気持ちは、同じ大人としてよくわかる。

 それでも、このドラマが「自殺を美化している」という方向の批判は明らかに間違っている。それは、このドラマ自体が、「自殺の美化」につながりかねない価値観を主人公のクレイが否定し、勝利を収めるという構造に明確になっているからだ。その価値観の戦いを象徴しているのが、クレイとトニーという2人の関係だ。

※以降、ネタバレ要素があります。

 クレイが青春ドラマの主人公として画期的なのは、周囲より「遅れている」ところだ。自殺した女の子の真相を彼女のことを好きだった男の子が探っていく、というストーリーラインだけ聞くと、男の子が誰も知らない真相を知っていく物語を想像してしまうかもしれないが、クレイはその逆。周囲の関係者はハンナのテープを通じてほぼみんな真相を知っているのに、彼だけ知らない。前提知識が欠けているので、身の周りで起こっていることの意味も理解できない。なぜ大して親しくもなかったコートニーがいきなりハグしてくるのか、なぜザックとマーカスが自分をブライスの家に誘うのか、なぜジャスティンが自分の自転車を奪うのか。クレイには不可解なことばかりだ。そして、みんなが知っている真相を少しずつ知るたびにいちいち大騒ぎするクレイに、周囲は怯えつつうんざりもしている。

 万事クールなトニーの立ち位置はクレイとは対照的だ。生前のハンナからテープを関係者に回す使命を託されたトニーは、ハンナの死の真相について、他の誰よりも早く、すべてを知っている。その真相までクレイを無事導くのがトニーの役割で、トニーはそれを忠実に果たそうとする。

 この立ち位置の違いはそのままクレイとトニーの性格の違いでもある。一言で言えばトニーは早熟で、クレイはよく言って晩熟、ありていに言えばまだ幼い。

 トニーの性格を象徴しているのが、整備に余念がない愛車の旧式マスタングであり、テープへのこだわりであり、常にばっちり固めている髪型だ。一言で言えば、トニーには確固たるスタイルがあり、それを絶対に崩さない。

 第3話のラスト近く、トニーが妹に悪さを働いた男を兄弟3人でリンチしているのをクレイが目撃する、という場面がある。なぜそんなことをするんだ、警察に言えばいいだろう、というクレイに対し、トニーは「警察は信用していない」と答える。また、第8話の進路相談会のシーンで、トニーは当時の恋人のライアンに対し「時間の無駄だから大学なんか行かない、すぐ働く」という。自分の世界に他人に口出しさせない、自分のケツは自分で拭く。それがトニーだ。

 なぜハンナはテープをトニーに託したのか。ハンナとトニーの関係はあまり描写されていないので解釈の域を超えてしまうが、ハンナはおそらくトニーのそんな確固たる流儀を信頼していたんじゃないか。義理堅いトニーなら、自分の死後もちゃんと自分の遺志を実現してくれる。自分が自殺とテープに込めた意味を実現してくれる。そう思ったんじゃないか。トニーというキャラクターには、それくらいの信頼を受けてもおかしくないところがある。そして、仮にトニーがハンナの遺志を最後まで実現させていたら、『13の理由』はそれこそ「自殺を美化する」ドラマになっていたかもしれない。

 でも、トニーは早熟とはいえまだ17、18歳だ。ヒスパニック系の厳格な家庭に育ったゲイとして、同年代より多くを見てきたかもしれないが、それでもやはり若者だ。確固たる流儀や義理堅さは、若者特有の視野の狭さと紙一重だ。警察を信用せず私的制裁に走る姿勢は教師や親への「チクり」を何よりも卑怯な行為と考えてしまうティーンエイジャーの行動原理とよく似ている。そして、若者特有の視野の狭さ、現在が永遠に続くと思ってしまう思い込みこそが「青少年の自殺」という悲劇を生んでしまう、というのがこのドラマの真に伝えたかったテーマでもある。

 しかし、トニーが受け継いだハンナの遺志に介入し、狭い視野を打ち破り、自殺を美化するドラマになることを阻んだのが、他ならぬ主人公のクレイだ。クレイは優等生ではあっても、まだ世界のことは何も知らない少年だ。なぜトニーがハンナの遺志を果たそうとするのか分からなかった、ハンナのことを好きだったのかと思ってたとクレイが言うと、あきれ顔でトニーはこう返す。

トニー「俺がゲイだって知ってる、よな?」
クレイ「えっ!? 知らないよ、知ってるわけないだろ」
トニー「…みんな知ってるよ」

 トニーとは幼なじみで、彼氏を連れたトニーと会ったこともあるのに、クレイは彼がゲイだってことも気づいていなかったのだ。

 そんな鈍感で奥手なクレイは、生前のハンナの気持ちを終始取りこぼし続ける。ジャスティンにデート写真をばらまかれた彼女に嫉妬から冷たくあたってしまうし、アレックスの「学校のいい女」リスト「いいケツ」部門トップに選ばれたことで彼女が傷ついていること自体理解してやれないし、ハンナが匿名で書いた詩に込められた痛みには共感するのにそれを書いたのが目の前の彼女だと気づいてやることもできない。髪をばっさり切ったハンナに「髪切った?」の一言も言えないのだ。早熟なトニーなら、ハンナに対しどの場面でもふさわしい対応をしてやれていただろう。

 でも、そんなクレイの鈍感さ、奥手さの裏には、ハンナを救えたかもしれないまっすぐな「正しさ」があった。日本語に訳しにくいので字幕でも吹替でもニュアンスが抜けてしまっているが、第2話でハンナがクレイに「私、ジェシカくらい可愛くなれると思う?」と聞くシーン。「ジェシカは確かに可愛いけど……君は特別だ(You’re special)」と言うクレイに対し、ハンナは「Special, like retarded」とおどけて返す。

 たぶん映画『デンジャラス・バディ』からの引用であろうこのセリフを無理やり訳すと「特別……支援学級?」と言った感じだろうか。「retarded」という言葉はもともと「遅れ」を意味し、転じて「知的に劣ること」の口語的表現で、ほぼ同じ意味の「知恵遅れ」という日本語と同様、差別的な意味合いが強い。

 「障害」のポジティヴな言い換えとして「special」という言葉が使用されることに引っかけて、「言葉だけきれいに言いかえたって無意味だよ」というのがハンナの言いたかったことだろうが、クレイにそんな細やかなニュアンスが伝わるわけもなく、クレイは「そういう言葉は使うべきじゃない」と直球のど正論で返し、会話はそこで終わってしまう。

 でも、正しいのはクレイのほうだ。人の魅力はそれぞれだから自分がジェシカになれるかなんて問いかけ自体無意味だし、「retarded」なんて言葉は軽く使うべきじゃない。どんなに青臭くなんなら童貞臭くても、正しいのはクレイの直球さのほうだ。クレイはドラマ中で少しずつ世界の構造を知り成長するが、このまっすぐな「正しさ」は変わらない。

 ネタバレになるが、つっかえつっかえテープを聞き進んだクレイは、ハンナの死の決定的なきっかけとなったある夜の出来事と、それに続く悲惨な事件の存在を知ることになる。その時点で、クレイはある決断をする。トニーのガイドに従うのを止め、ハンナの遺志に反してでも事態に介入することを決意するのだ。

 ハンナを救うことはもうできなくても、「13の理由」を加害者たちに聞かせるという甘美な復讐以外にも、自分にはこの世界に対してまだできることがある。そう決意したクレイの行動を、トニーはもはや止めることができないし、トニー自身も最後にはハンナの遺志に反し彼女の両親に隠していたテープの存在を告白する。そして、ドラマはハンナがテープを残した際に思い描いていたのとは別の、でもほのかな希望が見えないでもない地点に着地する。

 第13話、ラストの場面でクレイとトニーは冒頭と同じく、トニーの赤いマスタングに乗って、今度は水辺の開けた道路を走っている。トニーが「テープでも流すか?」と聞くとクレイは「ラジオでいいよ」と答え、トニーも「それがいい」と応じ、ラジオのボリュームを上げる。すると、ドラマ全体のラストナンバーとしてボブ・モールド(元ハスカー・ドゥ/シュガー)の「See A Little Light」が流れ出す。

 クレイとトニーは、テープに象徴される「固定された過去」に囚われた状態から抜け出し、ラジオから流れてくる音楽のように予測不能な未来の予兆に耳を傾けるようになった。そういうことだと思う。

「僕には小さな灯りが見える
 君の瞳の中に小さな灯りが見えるんだ
 でももし君が僕にもう行ってほしいと思っているなら
 そう言ってくれればいい」(「See A Little Light」筆者訳)

 この歌詞はそのまま、クレイが後悔し続けた「あの夜の選択」に対する「君は間違っていない」というメッセージだ。『13の理由』は自殺を美化するドラマなんかじゃない。1人の少女を救えなかった、でもきっといつか誰かを救うであろう青臭い「正しさ」への頌歌だ。

小杉俊介

最終更新:6/4(日) 16:00
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