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左官職人にもボーナスを支給? 有名施設を続々受注する「原田左官」の“食える”経営とは

6/4(日) 10:00配信

週プレNEWS

原田左官工業所(以下、原田左官)の職人を育てる方法が注目されている。

「今の若者に“見て覚えろ”は通用しない」

【画像】国内唯一の“左官図書館”

原田宗亮(むねあき)社長(43歳)の考えのもと、同社では新人を4年で一人前の左官職人にする育成法を確立させ、かつて50%近かった離職率を5%台に抑えることに成功した。その現場では若者が生き生きと働き、それに引っ張られるのか、60歳超のベテラン職人も楽しそうに壁塗りしているのが印象的だった(前回記事「職人の世界に“モデリング”を導入した原田左官の非常識」参照)。

だが、業界全体に目を向けると、建物の壁にパネルやクロスといった工業製品を張り付ける工法が主流になる中、手作業による左官仕上げは「非効率」とされ、仕事も職人の数も激減しているのが現状だ。原田社長がこう話す。

「最盛期に30万人いた職人は5万人まで減り、そのうち60歳以上が全体の6割を占めているのが現状。今後5年、10年のスパンで見れば、6割のベテラン職人が引退し、4割の職人しか残らない時代がやってくるということです」

原田社長はそうなることを予見していたからこそ、若者を育てるプログラムを作り上げた。ちなみに現在、原田左官で働く職人の平均年齢は34歳という若さだ。さらに、その職人を正社員として雇っている点も若者の定着率を高める理由になっている。

建設業界では、左官仕上げが必要となれば一人親方(個人事業主)として働く職人に外注するのが一般的。「左官仕事は波が大きい」ため、社員として雇えば仕事がなくなった時に人件費ばかりが増える。経営者からすれば、そんなリスクは背負いたくないのだ。

だが、原田左官は社員数46人のうち38人が左官職人。そこには「職人を守りたい」という強い信念がある。

「職人の“社員化”は2代目の父から引き継いだ考え方です。そこには祖父への思いがありました。初代社長の祖父は根っからの職人でしたが、50歳半ばで肺を悪くし、現場の仕事ができなくなりました。左官一筋で身を削って働いてきた分、趣味もなく、お酒もやらなかったので、引退後は寂しい晩年を過ごすことに…。

父はそんな祖父の姿を見て、現場を引退した後も金銭的に保障され、ケガをしても厚生年金や雇用保険を受けられるように職人の社員化を進めたのです。私はその父の考えを引き継ぎました。職人を社員化すると若者が入ってきやすく、先輩から後輩への指導もいきわたり、結果として息の長い職人生活が送れると考えたからです」

原田左官の見習い期間(入社から4年間)の月給は約20万円で、2年目、3年目とキャリアを重ねれば緩やかに上昇していく。ボーナスはどうか。

「職人の世界に賞与という考え方はあまりなく、会社の景気がいい時に道具代という名目で3~5万円をもらうことはあっても、まとまったお金をもらうようなことはありません。でも、ウチでは年2回のボーナスを支給します。1回分の平均支給額は30万円程度。賞与が出れば職人は喜びますし、仕事のモチベーションにも反映されます」



そこで目指すのは、「左官という伝統技術を継承し、発展させること」だという。

「左官に限らず、後継ぎがいなくて技術の継承が難しくなっている伝統工芸は少なくありません。じゃあ、なんで跡継ぎがいないんだ?って、食えないからです。今の若者は特に、仕事が安定していないとやろうとは思わないでしょう」

では、左官工事が激減している中、いかに会社の経営を安定させているのか?

左官工事は大きく「野丁場(のちょうば)」と「町場(まちば)」の2種類に分かれる。野丁場は大手ゼネコンが手掛けるビルやマンション、ショッピングモールなどの大型施設、町場は個人宅の左官工事のこと。だが、原田左官が受ける仕事はそのどちらでもない。

「ウチでは9割が店舗左官で、1割が町場。私が社長に就任した07年以降、店舗左官の仕事の割合を戦略的に高めていきました」

これまで手掛けた案件を挙げると、東京スカイツリーの商業エリア『東京ソラマチ』の店舗、『東急プラザ銀座』のショールーム、『ヒルトンホテル』のレストランフロア。『Soup Stock Tokyo』や『スターバックスコーヒー』、『鳥貴族』など、なじみのある外食・カフェチェーンの名前も挙がる。

左官業界では、こうした店舗左官の仕事はニッチだった。

「他の左官屋さんは店舗の仕事をやりたがりませんでした。ひと言でいえば、仕事の制約が多くて面倒くさいからです。駅ビルなら終電から始発の間の夜間しか仕事ができなかったり、デパートなら小さな運搬用のエレベーターに材料や水を乗せて何往復もしなければなりません。それと、店舗の外観や内装にデザイン性が求められるので、施主の希望に応える技術の蓄積とアイデアがないと受けられない仕事でもあります」

原田左官はそんな店舗左官での実績を積み上げ、年間10億円強の売上げを叩きだす。“他の左官屋がやりたがらない=競合相手があまりいない”ニッチなマーケットだからこそ、安定的な売上げをキープできるというわけだ。

ただ、エレベーターで何往復も…といった面倒くさい部分は本人の頑張り次第でなんとかなりそうなものだが、施主の希望に応える技術とアイデアというのは難しそうだ。

「左官の世界は間口が広く、奥行きも深い。それはひとつひとつの素材の組み合わせ次第で様々な材料を作り出すことができ、またコテで塗るだけでなく、荒らす、押さえる、磨く、掻(か)く、などの動作の組み合わせで限りない表現方法があるからです」

店舗左官の現場では、そうした無限に広がる表現方法の中から、いかに施主の要望に近づくデザインを形にできるかが求められてくる。原田左官の場合、それをアピールしているのが本社1階にあるショールーム『SAKAN LIBRARY』だ。

ここでは、左官素材や表現方法のサンプルを常時100種類以上閲覧でき、ショールームの隣にあるアトリエでは、職人が目の前でサンプルを作成してくれる。




「ショールームには毎日のようにいろんな方がいらっしゃいます。店舗設計会社のデザイナーや新店の立ち上げを計画してらっしゃるアパレル会社の社員さん、飲食店の社長さん、たまにあるのが『左官のことを知りたいから』と来訪される一般の方。わざわざ地方から来てくださる業界の方も少なくありません」

とりわけ多いのが、髪を切りにやってくる美容室の客にも似た、こんな来訪者だ。

「海外の施工例などの写真が載った雑誌の切り抜きなんかを持ってらっしゃって、『これと同じ感じにしてほしい』と。高級チョコレートが入っていたオシャレなパッケージデザインの缶を見せながら、『壁をこんな風にしてほしい』と要望される方もいました」

美容室と違うのは、ここで作るのはあくまでサンプルだということ。実際の施工前に色味やパターンなど細かな要望を出しながら、納得いくまでデザインを検討できる。だから、美容室でありがちな、すべてが終わった後に「こんなハズじゃなかった!」と失敗するようなことがない。

だが、多くの要望の中には、ムチャぶりもあったり?

「やっぱり、完璧に要望通りに仕上げるのが難しい案件もあります。でも、実際にやってみないとわかりませんし、できなくても、お客さんの要望に寄り添った別のデザインを提案することもできます」

一方で、デザインの要望がふわっとしすぎている顧客もいる。そんな時には仕上げのスペシャリストが打ち合わせに同席、ヒアリングを通じて顧客のニーズを具現化しながら、最終的には約30cm四方のサンプル板を作って提示する。

「お客さんの要望を受けて作るサンプル板の数は、年間で1500枚ほどになります」

サンプルの作成は一部有料で、そこから顧客が納得して実際の施工まで至るケースは「細かいところまでいうと5割ほど」だという。その分はもちろん会社の売上げとなり、職人の給与にも反映されてくる。

これが、原田左官が最大の強みとする「提案型左官」と呼ばれるビジネスモデルだ。

「提案型左官は職人の技能アップにもつながります。サンプルづくりは現場作業に比べれば納期に余裕があり、社内でじっくりと取り組める仕事。たくさんのサンプル板を作る中で、職人は“どの素材を使い、どんな風にコテを動かせばお客さんが求める仕上がりになるのか”を学び、その技術を自分の中に蓄積していくことができます」

そこで、その職人が一人親方(個人事業主)だったなら、苦労して習得した技術を他人に教えたくないと思うかもしれない。オリジナルの技術は“専売特許”としておくほうが仕事を得やすいからだ。だが、原田左官で働く職人は違う。

新人は4年間の見習い期間で「より感覚が近く、言葉が伝わりやすい」30代の中堅職人から左官の基礎を学び、中堅職人はベテラン職人からデザイン性の高い左官仕上げといった、さらに上の技術を教わる。

その頂点にいるのが、原田社長が「ウチで1,2を争う技術の持ち主」というベテラン職人の中島文夫さん(64歳)だ。中島さんは、左官コテで卓上かまどやキャンドルスタンドまで作ってしまうスゴイ人だが、話を伺うと…。



「ボクは一人前になった職人にもっと上のレベルの仕事を現場で教えています。左官の技術は感覚的な部分が多いけど、若い職人がもっと成長すれば未来は明るくなる。引退するまでにできる範囲で自分の技術を彼らに伝えていこうと思っています」

原田左官に技術を教え合う風土があるのは、職人がみな社員だからだ。会社のためにと思えば、技術をひとり占めする意味もなくなる。

さらに、サンプルを作る現場では、顧客のニーズに応えようと試行錯誤しているうちに新素材や新工法が生まれることもあるそうだが、原田社長はその技術を年4回の社内研修で全社員に共有させるようにしている。

「今は漆喰なんかもプレミックスといって材料メーカーから仕入れたものを袋から開け、水で練って塗れば仕事になるという便利な材料が出ています。これを使えば現場は格段にラクになる。でも、頼りすぎると職人は考えなくなる。考えなくなった職人は、時代が変わって違う技術が求められた時に置き去りにされてしまうかもしれません。

定期的に新素材の研究をやるのは、『今までの左官の仕事より、もう一段高いところを目指していこう』という、私なりのメッセージ。職人が活躍し続けるためには、職人自身も自分の働き方をバージョンアップしていく必要があると考えています」

現在、手がけている案件のひとつに都内の商業ビルにオープンする懐石料理屋の内装仕上げがある。これも技術とセンスが求められる仕事だ。例えば、セメントと種石を混ぜ合わせたものを塗り、砥ぐことでピカピカな石の肌を出す“人造石研ぎ出し仕上げ”、別名・テラゾー。これをカウンターの天板に用いる仕事を請け負う。

現場を取り仕切る店舗設計会社のデザイナーが、原田左官に発注したワケをこう話す。

「テラゾーは大理石が高価で建材としてまだ使用困難だった時代にその代替えとして開発された工法。。土っぽい素朴な質感と細かな骨材がギュッと圧縮されたような雰囲気が今回の和のデザインにハマると思って採り入れることにしました。

でも、今ではほとんど廃れた仕上げで、やれる職人が少ない。原田左官のようにテラゾーをこなせる職人をそろえ、しかも比較的リーズナブルな価格で請け負ってくれる左官屋は希少な存在。自分の判断に迷いはありませんでした」

原田社長がこう話す。

「ウチの会社では、漆喰仕上げのスペシャリストや土間のスペシャリストなど多彩な人材をそろえ、様々なニーズに対応できる体制を整えています。傑出した才能を持つスターや芸術家はいませんが、現場で主役を張れる職人は何人もいる。例えるなら、現場ごとに主役と脇役が入れかわる劇団のような組織。それが、私が目指してきた会社像です」

現在は東京五輪特需でビルもマンションも商業施設も建設ラッシュに沸き、「仕事は途切れなく入ってきている」。だが、五輪が終われば、店舗左官の仕事の発注も途絶える時期が来るかもしれない。原田社長は“その時”を見据えながら、最後にこう話してくれた。

「時代の変化に合わせて、新しい技術が求められるのであれば、それを会社として咀嚼(そしゃく)し、今いる職人に伝授して、全員が対応可能な形にしたい。だから見習いだけではなく、すべての職人が切磋琢磨して学び合う仕組みづくりは、これからさらに重要になると思います。それが、職人を守るということにもつながるのです」



(取材・文/興山英雄 撮影/利根川幸秀)

最終更新:6/4(日) 15:05
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