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メンタル不調者が続出する組織の共通点。1万人以上面談した産業医が指摘する「みる技術」とは?

6/4(日) 16:00配信

HARBOR BUSINESS Online

 昨今、クレームに関する報道を目にする機会が増えました。勤務中にうどん屋に立ち寄った消防隊員が通報されたり、電車の運転士がクレームを恐れ、水分補給もできず熱中症・脱水症状に至ったり。他人の目を多少、気にすることが必要な場合もあります。しかし、それが高じて、身体の危険をもたらしてしまうことは度が過ぎていると言えるのではないでしょうか?

 もちろん、世間の全ての人がこのようなクレームを挙げているわけではなく、ある調査では前述の消防隊員たちに対し、約9割が「勤務中でも正当な理由があれば消防車で食事に行くことは許容すべき」と答えています。同じ事象に対し、怒りやわだかまり、クレームなどをSNSに投稿する人と、しない人。その違いはどこにあるのでしょうか。

 これまで1万人以上を面談してきた産業医の私から見ると、会社組織内でも同じようなことが日常的に起きており、社内の派閥(仲良しグループ)で対立していたり、逆にコミュニケーションが円滑で良好だったりする組織にも通ずる事象だと、私は考えます。

 クレームを挙げない人が持っているのは「みる技術」です(なぜ“みる”が平仮名なのかは後述します)。「みる技術」を持っている人は、すぐにクレームをつけたり、同僚に怒りません。逆に、この技術がない人ばかりの部署では、えてしてメンタルヘルス不調者が続出するという傾向があります。

 今回はコミュニケーションが円滑になされている組織の人たちの、「みる技術」についてお話しさせていただきます。

◆コミュニケーションの基本は“見る”ことから

 人間が目から得る情報は、頭に入ってくる情報の75%と大部分を占めます。そのような意味でも見るということはコミュニケーションの基本であり、とても大切なものなのです。

 しかし、残念ながら、この見る行為ですら、私たちの多くはしっかりできていないのが実情です。「みる技術」の「みる」を漢字で書いてみると代表的なものは5つあります。

1. 視界に入れる「見る」

2. 注意してみる「視る」

3. 観察する・時間的変化もみる「観る」

4. 医者が症状・状態を診察する「診る」

5. 不調者をケアする「看る」

 以上の5つです。あなたはいずれの「みる」もできていますか? 平常時(健常人)を対象とした1~3の「みる」ならば、「すべて自分はできていると」言う方もいらっしゃるでしょう。しかし、本当でしょうか?

 私の経験上、コミュニケーションの上手な人は5つを全部やっているわけではありません。しかし、その場、その場で必要な「みる」を意識せずとも自然とできている人が多いのです。それは、上記のような、「みる技術」を持っているからではなく、「みる技術」を使いこなす「マインド」を持っているからだと私は考えます。

◆見ている“つもり”でも、見えていないもの

 昔から「人は見たいものしか見ていない」と言われています。

 人は自分の視界に入っていても、注意をしなければ見ておらず、意識にすら上がってこないことが多いのです。また、あることを意識してみて見ると、ほかのことが見えなくなってしまいます。人間とはそのような生き物なのです。

 例えばこの文章を読んでいるあなたは、文字は目で注意して見ていますが、同じパソコン(あるいはスマホ)のスクリーン上にあるウェブブラウザの枠にある文字やURL表示は意識に上がってきていないですね。そう言われて、ウェブブラウザの枠に注意が行くと、今度はその瞬間は本文のテキストは見えていないのです。

 このように人は意識を向けたものしか、実際に自覚を持って見られないのです。

 先ほどのその場その場で必要な見るを意識せずとも自然とできている人は、この点はどうなのでしょうか。このような人たちでもやはり、全部の見るを同時にはできていません。

 ただ、この人たちは、あることを「みる」ことは、同時に他のことは「みる」ことができていない可能性があるということを知っています。自分は全ては見えていないということを自覚しているのです。

 いくら注意して見ても、自分には見えていない部分があるということを知っているということは、つまり、見えていないこと=知らないことがあるということを知っているのです。

 自分のことはわかっても、他人のことであればわからないことがあって当然です。この「他人については知らないことがある」ということを知っているというのが、「みる技術」を持っている人に共通しているマインドです。

◆「~かもしれない」という発想が大切

 このマインドの持ち主は、相手を第一印象で決めるけることはしません。例えば、真面目に仕事をしていない相手に対して「サボっているに違いない」などと決めつけるのではなく、「体調が悪いのかもしれない」という、「かもしれない」発想を持てるのです。

 この「かもしれない思考」ができること。これは「みる」技術を持っている人が共通してできていることです。逆に良くないのは「サボっているに違いない」「だらしがないに違いない」などと、「~に違いない」断定をしてしまうことです。

◆ソクラテスも知っていたこと

「無知の知」とはソクラテスの言葉として有名ですが、ともかく他人のことはわからない。この知らないということを知っている人は「~だろう」という決めつけでなくて、「~かもしれない」という思考回路ができます。

 組織内でコミュニケーションを上手にしている人。例えばリーダーシップのある上長やメンタルヘルス不調者を出さない部門の上司とは、このような「かもしれない」という発想ができる人だと私は感じます。

 例えばよく遅刻をする部下に対して、「だらしないからだろう」と決めつけるのではなく、「体調が悪いのかもしれない」「プライベートで何か仕事の妨げになるものがあるのかもしれない」と考えているのです。そのような思考から始まるコミュニケーションのある組織の中では、クレームや不平・不満は出にくいと感じます。

 冒頭で原因となる行動を取った、消防隊員や運転士が本当にいけなかったのか。それとも、クレームをつけた人は単にそのとき見たことに対し“怒り”が爆発し、コントロールできずにSNSに投稿してしまったのか。

 私は当事者ではありませんので、本当のとことはわかりません。ただ、クレーム的なニュースを見たとき、私はちょっと悲しくなりました。しかし、その後、9割の人は許容しているという調査に安心しました。

「しっかり食べないと仕事ができないかもしれない」

「ずっと運転していて汗もかいているかもしれない」

「熱中症を予防するためかもしれない」

 9割の人はきっと、上記のような「かもしれない思考」を持っていたのだと思います。

 繰り返しますが、他人については、いくらよく見ていても、見えていないこと=知らないこともたくさんあるのです。ぜひ読者のみなさまも、職場でこの「みる技術」を始めてみてください。

<TEXT/武神健之>

【武神健之】

たけがみ けんじ◯医学博士、産業医、一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。20以上のグローバル企業等で年間1000件、通算1万件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を行い、働く人のココロとカラダの健康管理をサポートしている。著書に『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書―上司のための「みる・きく・はなす」技術 』(きずな出版)、『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣 』(産学社)、共著に『産業医・労働安全衛生担当者のためのストレスチェック制度対策まるわかり』(中外医学社)などがある

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