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「カイロ大首席卒業」囁かれた小池知事、現地取材で真相判明

6/5(月) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 6月1日、「都民ファーストの会」の代表に小池百合子都知事が就任し、同氏は自民党を離党した。小池氏の政界入りのきっかけはカイロ大学留学時にあるとも言われるが、そのルーツについては彼女によって語られたものを除けば噂話ばかりで、客観的証言はこれまでなかった。1974年、小池氏が一人の留学生・コイケユリコとしてエジプトですごしていた時代を国際ジャーナリスト・山田敏弘氏が解き明かす(文中敬称略)。

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 小池が留学していた70年代前半、カイロに暮らす日本人留学生は20人にも満たなかった。当時カイロに留学して小池と知り合った女性は、女子大生の小池をこんな風に記憶している。

「お嬢様という感じでした。華奢でほっそりして、色白で綺麗な人。喋り方も上品でした。兵庫出身なのに関西訛りもなく、標準語で話していました」

 当時日本から単身エジプトの大学に留学するというのは余程の事情でもない限り、考えにくいことだった。現在のようにインターネットもなければ、国際電話も簡単に利用できるわけではない。当時カイロで暮らした日本人が言うには、「地の果て」だった。

 そもそもなぜカイロ大学だったのか。別の元留学生によれば、「彼女は入学前に『国連の公用語5か国に次いでアラビア語が世界で注目されていたことでアラビア語を勉強すると決めた』と言っていた」そうだ。

 事実、翌1973年にアラビア語は国連の公用語に採用されており、小池に先見の明があったことが窺える。

 小池は1971年9月にカイロの地に降り立つまで、アラビア語は一切勉強しなかったと自ら述べている。そんな状態で、いきなりアラブ諸国で最高峰のひとつとされるカイロ大学に入れるものなのか。小池が当時「仙人」と仰いでいた日本人初のカイロ大学卒業生、小笠原良治・大東文化大学名誉教授が言う。

「カイロ大学には入学試験がなく、望む者に門戸は開かれている。それでもアラビア語のできない外国人は入れないし、もちろん授業にもついていけない」

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