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比較され続ける雅子さまと紀子さま、抱え続けたプレッシャー

6/5(月) 11:00配信

NEWS ポストセブン

 皇太子妃雅子さまと、秋篠宮妃紀子さま。平成皇室に嫁がれた2人のプリンセスが並べられて語られることは、今に始まったことではない。

 紀子さまが秋篠宮さまと結婚されたのは1990年6月のことだった。平成になって初の慶事に列島が沸き、当時学習院大学の教職員用の共同住宅で暮らしていたことから「3LDKのプリンセス」と親しまれた。

「家にはテレビもなく、つつましやかな暮らしぶりに親近感を抱く人が大勢いました。もともと、紀子さまは秋篠宮さまの1年後輩として学習院大学に入学。キャンパスで愛を育まれたことも、新しい皇室のイメージとして受け入れられていったのです」(別の宮内庁関係者)

 翌1991年10月に眞子さまが誕生。両陛下にとっての初孫だった。同時期に皇室にとって大きな変化となったのが、皇太子さまと雅子さまのご結婚だった。

 1993年6月の結婚の儀は、テレビ中継の最高視聴率が77.9%を記録。成婚パレードではおふたりの姿を一目見ようと19万人もの人が集まった。まさに国民的な「慶祝の日」。だが、先の宮内庁関係者はこう言葉をつなぐ。

「皇太子さまと雅子さまのご結婚の日。それは同時に、雅子さまと紀子さまが『義姉妹』となった日でもありました。若くて美しい2人のプリンセスが、皇室の新しい顔として比べられ続けることになるのです」

 外交官として約6年のキャリアを重ねられたあとに皇室に嫁がれた雅子さまと、学習院大学大学院に進学後、社会経験のないまま皇室に入られた紀子さま。結婚までの道筋の違いにはじまり、美智子さまとの距離や関係性も際だって取り上げられた。

「結婚後、紀子さまは頻繁に皇居に足を運ばれ、美智子さまに女性皇族としての考え方や振る舞いについて相談されていたといいます。一方、雅子さまはそういった機会をあまりもたれなかった。

“皇族の学校”である学習院で学ばれ、外の世界をみることなく皇室に溶け込まれた紀子さまに対して、キャリアウーマンとして活躍された雅子さまは、皇室という“日本一の旧家”の伝統になかなか馴染むことができなかったとも囁かれました」(ベテラン皇室記者)

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