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“はじめての”京都のゲストハウス

6/5(月) 12:30配信

Wedge

 京都で法事があったので、久し振りに妻と京都市内に1泊した。

 法事の後は駅前のホテルで会食をして夕方に解散なので、日帰りでもよかったのだが、妻が「面白いところがあるから泊まろうよ」と前から言っていたのだ。

 妻は京都出身である。

 東山区で小売り店を営んでいた両親はすでに他界し、借家だった実家も今は空き家だが、大学卒業まで京都に暮らしていたので古い思い出は多い。そんな、自称「京都にウルサイ人」が、「面白い宿屋」と言うのだ。

 それが民家を改造したゲストハウスだった。

 妻はこの1年、あれこれの用事で3回ほど京都に帰っていた。親戚の家はあるが世話をかけたくない。かといって巨大観光地のホテル代は高すぎる。そこで利用し始めたのがネットで探したゲストハウスだ。

 お茶屋を改造したもの、町家を改造したものなどいろいろあり、「どこも昭和レトロの感じで懐かしい」。部屋を衝立で区切ったり、2段ベットにしたドミトリー形式なら、1人素泊まり2000円前後から3000円と超格安(少し割高の2人用個室もある)。しかも、宿泊客との意外な出会いがあるらしい。

 「中国人とは挨拶程度だったけど、甘い物好きのフィリピン人とは英語で話せたよ。日本人もけっこう多彩なの。ある若い女性は、プチ家出したらしくて“そろそろ1週間だから、家に帰らなくちゃ”と言ってたし、1人で全国お寺巡りをしている小母さんとか、雪の日に泊まった時は、“私、公立校の入試担当の職員なんですが、雪で明朝遅刻するのは絶対に許されないから今夜学校のそばにあるここに泊まるんです”って告げられたり」

 ビジネスホテルではまずない邂逅なのだ。

 こうして出会いを「面白い!」と思う感覚が、私たち夫婦に共通していた。

 そこで今回は、妻が以前泊まって楽しい思いをしたという京都水族館近くの町家風のゲストハウスを選んだのだった。

 ガラス格子の表戸を開けると、裏庭まで土間の続く通り庭があり、片側にははしり(流し)とおくどさん(かまど)の跡がある。まさに、京町家そのものである。

 玄関を入って右手の6畳間が共有スペース。和テーブルに座布団、壁際に本棚や宿泊者共有の冷蔵庫があるが、TVは置いていない。

 共有スペースの裏手が受け付けで、そこで鍵をもらい、奥の木の階段を昇り2階へ。

 2階は6人用のドミトリーと個室2部屋だ。我々は個室の1部屋(2人で7000円)に入った。ベッドだけでほぼいっぱいの4畳半だが、中2階なので天井が低い。

 表から見ると丈低い漆喰壁に何本ものスリットが入った窓が明かり採りの窓で、「厨子二階の虫籠(むしこ)窓」と呼ぶらしい。

 この虫籠窓がベッドの枕元にあるのがよかった。かつての妻の実家は三条通りに面した通常の二階家だったが、中二階の虫籠窓は外から覗きにくく内から外がよく見える。枕元だと、寝そべりながら外行く人々を観察できる。

 戦乱に明け暮れた京都人風にシタタカで、そこがイイ。

 風呂は、徒歩15分の距離に「昔風の銭湯があります」というので、そこへ行った。

 暖簾を潜って、番台の小母さんに声をかけ、籠の中に脱いだ衣服を入れる。

 タイル貼りの床が関東よりずっと高いこと、洗面台の棚が低いこと、備えつけでなく持参の石鹸、シャンプーを使うことなど、30数年前に子どもたちを連れて妻の実家近くの銭湯に通っていた頃と、変わりなかった。

 出てきた妻に聞くと、女湯も同様とのこと。

 「番台の小母さんが言ってたけど、昔は壁際のベビー寝台が10個でも足りなくて困ったけど、今は5個でも全然使う人がいないって。赤ちゃんがいないというより、各家に内風呂ができて、くる人自体が少ないのよ」

 今や銭湯そのものが風前の灯、らしい。

 ゲストハウスに戻ってくると、共有スペースの居間に3人の外国人客がいた。

 カップ麺を食べているインドネシア人のカップルと、1人旅のベルギー人女性。3人とも20代後半と覚しい若い旅行客だった。

 我々夫婦も、セルフサービスの紅茶の茶碗片手に彼らとの会話に加わった。

 体格のいいベルギー人女性は、北海道から鹿児島県まで、もう2カ月も日本を回っていると言う。一番気に入った場所は「四国のオーボケ(大歩危、徳島県)」だとか。

 「一番の思い出? それも四国よ。初めてキャニオングをやって、死ぬかと思うくらい冷たくてハードだったけど、何とかやりきれて自分にすごく自信が持てたわ」

 キャニオングはフランス発祥の野外スポーツで、滝壺に飛び込みながら渓谷を下って行くもの。私は最近書評用の本を読んで知っていたが、まさかそれが日本の四国にもあり、外国人旅行者に「自分を取り戻す体験」を与えていたとは思いもしなかった。

 インドネシア人の2人は、女性が語学教師で男性が観光用のクルーザーの乗組員。こちらはまだ5日目で、翌日伏見稲荷大社を見てから東京に戻り、今回はそれで帰国との由。

 「日本は気に入ったからまた来たいけど、私たちはお金がないからね。知ってます? 日本人の食べるマグロも私たちの海で獲っているのが多いんですよ」

 話すのはもっぱら英語の流暢な女性の方。

 「ええ。インドネシアのアンボン島に行ったとき、知り合った人が“長い間日本のマグロ船で働いている”と言ってました」

 「そう、あそこはマグロの漁船員が多いの。獲れた一番いいマグロは日本、次が欧米と外国、インドネシア人は残り物(笑)」

 インドネシア人カップルは我々の隣の個室、ベルギー人の女性は別棟のドミトリーに宿泊予定ということだった。

 部屋に戻った後、妻が、「明日は午前中に懐かしい場所を回ってみたいな」と言った。

 子どもの頃、母方の祖父母が住んでいた堀川御池の家は、もう半世紀以上訪れていない。そこがどうなったのか、遊び場だった〈神泉苑〉は今どうなっているのか、「浦島タロ子になった気分で見てみたい」と。

 「いいよ。行ってみよう!」

 私は答えた。京都には過去何十回も来たが、ゲストハウスという「予想外の宿」を知った今、そこを拠点として既知の京都を新たな角度から見直せそうな気が、私もしていた。

足立倫行 (ノンフィクションライター)

最終更新:6/5(月) 12:30
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