ここから本文です

フライングはスターターの責任 選手の心理読みドン!

6/6(火) 7:47配信

NIKKEI STYLE

 今回の連載の取材で一番の大きな驚きは、1964年の東京五輪で出発合図の補助役員を務めた野崎忠信・明星大元教授に、「不正スタート(フライングやスタート前に動くなど違反の総称)はスターターの責任」と聞いたことだ。それまで筆者は、100%競技者の責任だと考えていた。そこでスターターの何が競技者のスタートに影響を与えるのか、そのプロセスを最後にまとめる。

■英語は日本語より間隔短く

 以前は、笛がスターターの必需品だった。スタートさせる用意ができたら、まず笛を吹く。フィニッシュ地点にいる決勝審判員主任は、この笛を聞いたら、音色の違う笛で合図を返す。
 スターターはそれを確認してから、おもむろに台に上がり、「位置について」と発声し、その約20秒後に「用意」と言う。その後、1.8~2秒で「ドン」と撃つ。
 ところが今は、「ドン」のタイミングが1.4~1.5秒と早まる傾向にある。なぜか。それは、合図が英語になったからだ。「On your marks, Set(オン・ユア・マークス、セット)」の「セット」が、1音節の促音であり、早く言えてしまうからだ。
 「セート」と長音にして延ばせば日本語の「用意」と言葉の長さが同じになってタイミングが合うが、日本でも現在、日本陸上競技連盟主催の競技会は英語なので、タイミングが早くなりがちだ。もっとも通常の国内大会では、日本語の「用意」で構わないというルールもある。
 不正スタートをさせないスターティング技術は、実践によってスターターの身につくものだ。具体的にはスタート地点の競技者の状態を見て、「位置について」を大きな声で言う。その間ずっと競技者を見て、どういう声で「用意」と言ったら良いスタートにつながるかを研究しているそうだ。

■「用意」は声を抑えてゆっくり

 例えば、「用意」を必要以上に大きな声で言ってしまうと、競技者は早く飛び出しがちになる。焦ってスタートを切ると、不正スタートにつながったり、記録が出なかったりするケースが多くなる。これは経験が浅い、若いスターターが陥りやすい。競技者は腰をきちんと止めないで、まだ体勢が整わないうちに飛び出してしまうからだそうだ。
 「用意」は声を抑えてゆっくり引っ張ると、競技者が腰を押さえて止まりやすくなる。とにかく選手が落ち着いてスタートできる状態を作るのが、ベテランスターターだ。
 競技においては、予選・準決勝・決勝と同じ人がピストルを撃つことが多いので、ベテランの競技者はスターターの撃ち方の癖が分かってきて、うまく合わせられるようになる。一方、スターターの方もベテランだと、競技者を安心させてスタートさせる技術が身についている。スターターと競技者の信頼関係ができると、良いスタートを切れ、それが良い記録につながる。
 競技者が良い成績を残すには、競技者個人の努力だけではなく、それを支える技術と人、全ての力が高いところでかみ合うことが重要なのだ。
 64年東京五輪でスターターの神様と呼ばれた佐々木吉蔵氏は、自分の競技者としての経験をもとに、若い競技者が競技により専念して良い結果を残せるよう状況を改善するため、現役後の人生すべてを陸上界にささげたといっても過言ではない。そのストーリーを野崎氏に聞きながら、陸上の歴史やルールを学ぶことができた。
 最後に、オリンピア・オーク(樫=かし)の逸話を紹介して、本連載を終了したい。

1/2ページ

最終更新:6/6(火) 7:47
NIKKEI STYLE

記事提供社からのご案内(外部サイト)

ライフスタイルに知的な刺激を。
生活情報から仕事、家計管理まで幅広く掲載
トレンド情報や役立つノウハウも提供します
幅広い読者の知的関心にこたえます。