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ちり紙に使われた江戸の再生紙の名は?

6/6(火) 17:10配信

サライ.jp

江戸はものを余すことなく使う、究極のリサイクル都市でもありました。割れた茶碗は焼き接ぎをして使い続け、燃やした後の灰は肥料として売ったり……。使い捨てがスタンダードな今、見習いたいところですよね。

循環型のライフスタイルが確立していた江戸では、他にどのようなリサイクルをしていたのでしょうか。クイズを通じて少し覗いてみましょう!

クイズは4問、「江戸文化歴史検定」(通称・江戸検)の過去問題からピックアップしてみました。ぜひ挑戦してみてください!

【クイズ1】
和紙の特性を利用して、日本では古くから古紙をすき返した再生紙がさかんに作られました。江戸時代には、京都の西洞院紙などが有名でしたが、江戸を代表する再生紙でおもにちり紙として使われた紙は何でしょう?

(い)吉原紙
(ろ)谷中紙
(は)赤坂紙
(に)浅草紙

正解(に)
ちり紙の歴史は16世紀の初めごろまでさかのぼる。本来は、手漉き和紙をつくる際に出る屑を集めて、すいた紙のこと。江戸時代になると、古紙を水に冷やかして細かくし、煮溶かしてすき返した下級品がつくられるようになった。江戸では紙漉町の俗称があったように、浅草でさかんにつくられたことから、浅草紙の名で親しまれた。

【クイズ2】
江戸時代の農業では、「金肥」と呼ばれる購入肥料が使用されました。では、次のうち金肥の使用に用いられた魚はどれでしょう?

(い)白魚
(ろ)鰯
(は)鯛
(に)秋刀魚

正解(ろ)
江戸時代を通じて、農作物の生産量は格段に増加した。これを可能にした背景には、農具の改良・発達と肥料の普及があげられる。肥料では、人糞を使った下肥だけでなく、金肥といわれる購入肥料も利用されるようになった。
金肥は干鰯・鰊粕などの魚肥と、菜種・胡麻・荏・綿などの油粕類が中心である。

【クイズ3】
リサイクル社会ともいわれる江戸の庶民生活では、古着を買って着ることが普通でした。古着などを売る床店が多く集まっていたことで有名だった場所はどこでしょう?

(い)日本堤
(ろ)アメヤ横町
(は)柳原土手
(に)日本橋十軒店

正解(は)
江戸時代、古着の需要は多かった。反物から仕立てるのは手間隙がかかるうえ、値も張るので、庶民は既製服感覚で古着を利用した。
古着市では日本橋富沢町(中央区)が有名だが、柳原土手(現在の千代田区岩本町あたり)の床店では、より品質の劣る安価な古着が売買された。

【クイズ4】
江戸時代はさまざまなものがリサイクルされていました。『守貞万稿』によれば、「箒売」は少しの銭を足すだけで、古い棕櫚箒を新品に替えてくれました。では、引き取られた古い箒はどのように再利用されたのでしょう?

(い)クズカゴにする
(ろ)ゴザにする
(は)タワシにする
(に)ハケにする

正解(は)
『守貞万稿』の「箒売」には「棕櫚箒売りなり。三都ともに古箒と新箒とかえる。古き方より銭をそゆる。古箒は解きて、棕櫚縄及びたわし等に製し売る」とある。これも江戸時代の“リサイクル”のひとつである。
今日のリサイクルとは感覚は異なり、物が稀少であったため、古くなったものを材料にして新品を作って儲けたのである。

いかがでしたか? 3問目の正解率はなんと40%でした! ちょっと難しかったかもしれませんね。全問解けた方は江戸検定合格も夢じゃないかも!? ぜひチャレンジしてみてくださいね!


※問題の出典: 『江戸吟味問答控 第1回江戸文化歴史検定 出題問題公式解説集』『第4回 江戸検問題公式解説集』

取材・文/オノハルコ(晴レノ日スタヂオ)

最終更新:6/6(火) 17:10
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