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実は福祉大国アメリカ 予算教書があぶりだした意外な素顔 - 加谷珪一 経済ニュースの文脈を読む

6/6(火) 12:20配信

ニューズウィーク日本版

<オバマケアにより増額されてきた社会保障費が一変しようとしている。福祉予算削減から起こりうる消費の低迷は、景気にマイナスの影響を与えるリスクも...>

米トランプ政権がとうとう予算教書を議会に提出した。トランプ氏が公約として掲げていた税制改革は盛り込まれたものの、インフラ投資については十分とはいえない水準に落ち着いた。しかも減税分の財源については、3%の経済成長を前提にした税収増と福祉予算の大幅削減で捻出する形となっており、実現可能性をめぐって議論となることは必至だ。

予算は経済対策よりも財政収支を優先

予算教書は、大統領が議会に対して予算編成の方針について示すためのものである。米国の制度では予算編成の権限はすべて議会にあるため、行政府が予算案を作成することはできない。このため大統領は教書という形で要望を示し、議会の予算編成に対して影響力を行使する。

政権が発足して最初に発表される予算教書は、その政権の運営方針を如実に表すことになるので、多くの関係者がその内容に注目することになる。ところがトランプ政権の場合、主要官庁の人事が予定通りに進まず、実務が滞ったことで教書の作成ができず、暫定版の公表にとどまっていた。暫定版には財源が示されていなかったため、十分な議論ができない状況であった。

5月23日に公表された正式版は、10年間で3.6兆ドル(約400兆円)の歳出削減を行い、2027年度に財政収支を黒字化するという財政再建色の濃い中身となった。トランプ氏が掲げてきた大型減税については、おおむね公約通りの内容が盛り込まれたが、インフラ投資については民間と合わせた形で1兆ドル(約115兆円)となり、政府による直接的な支出は2000億ドルにとどまった。

大型減税を実施することから財政収支は悪化することになるが、これを手当てする財源としては、経済成長による税収増と福祉予算の大幅カット、石油備蓄の放出などが充当されることになった。ところが経済成長の見通しは、昨年までの教書と比較するとかなり楽観的になっており、この数字が実現できるかどうかは微妙なところだ。

【参考記事】大荒れトランプ政権、経済政策の命運を握る2人のキーパーソン



教書で想定している税収を確保するためには、米国経済が実質3%の成長を維持する必要があるが、現状の米国経済ではこの水準を達成するのは難しそうである。国際通貨基金(IMF)では2017年について2.3%、2018年については2.5%の成長を見込んでいるが、もう一段の起爆剤がないと3%成長の達成は難しい。

大型減税に加えて、1兆ドルのインフラ投資が全額実施されれば3%成長は可能かもしれないが、政府による真水は2000億ドルのみであり、残りの8000億ドルにはすでに支出が決まっている民間の投資が含まれてしまう。1年あたりの真水の金額は200億ドル程度なので、それほど大きな景気の押し上げ効果はないだろう。国債の大増発は行われないので、減税分とインフラ投資の支出は相殺されてしまう。

すでに議会の財政均衡派からは減税規模の縮小を求める声が上がっており、教書の内容に沿った形で予算案が成立する可能性は低いと見てよいだろう。そうなってしまうと所定の経済効果は得られなくなる。当初、トランプ氏が掲げていた大胆な公約と比較すると一回りサイズが小さくなる可能性が高く、見積もりの甘さが議論を呼ぶことになりそうだ。


米国は意外と福祉大国だった?

もうひとつの財源として取り上げられているのが福祉予算の大幅な削減である。

米国は弱肉強食の低福祉国家というイメージがあるが、実際はそうでもない。欧州の福祉国家を基準にすると米国は低福祉といえるかもしれないが、日本との比較ではむしろ福祉は充実している部分も多い。

米国には、低所得者向けの医療保険であるメディケイドや食料配給券制度(SNAP:旧フードスタンプ)、子育て世帯向けの粉ミルク支援策(WIC)、賃貸住宅補助(いわゆるセクション8)、給食の無料券など、数多くの低所得者向け支援制度がある。予算規模は大きく、メディケイド(低所得者医療保険制度)は年間5700億ドル(約63兆円、州政府分含む)、SNAPは年間700億ドル(約7.7兆円)に達する。

【参考記事】オバマケア廃止・代替案のあからさまな低所得層差別
【参考記事】撤廃寸前のオバマケアに加入者殺到の怪



教書ではメディケイドやフードスタンプの給付基準を見直すことに加え、オバマケア(医療保険制度改革)の見直し、学生向けのローンの見直しなどを通じて10年総額で1.3兆ドルの削減を見込んでいる。このほか政府機関の統廃合などコスト削減を行い、合計で3.6兆ドルの財源を確保する。低所得者への所得再配分が減少することによって消費の落ち込みも懸念される。

個人消費の冷え込みで景気にマイナスリスク

この中で特に影響が大きいと考えられるのが、低所得者向け支援の削減である。日本と異なり米国の低所得者の消費は各種の公的支援策に依存する部分が大きい。1.3兆ドルの削減が実施されると、低所得者層の所得が毎年1300億ドル(約15兆円)減少することになるが、これだけでも米国の国内総生産(GDP)の0.7%に相当する金額である。

支援を受けられなくなった人は、他の支出を切り詰めたり、親類などに援助を求める可能性が高く、場合によっては、他の世帯の支出までも抑制してしまう。米国経済は旺盛な個人消費がすべての原動力になっている現実を考えると、一連の福祉予算削減は、景気にマイナスの影響を与えるリスクがある。市場原理主義一辺倒というステレオタイプな米国像からは想像しにくいが、これも米国の一つの側面といえる。

現実には減税規模を縮小し、国債の増発を行うことで財源を確保するシナリオがもっとも濃厚だろう。この場合、当初イメージされていたほど米国景気は拡大しないが、現在の成長ペースは維持される可能性が高い。減税による中間層以上の消費拡大と、福祉削減による低所得層の消費低迷とのバランスをうまく取ることが求められる。

【参考記事】オバマは二枚舌で口先だけ

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加谷珪一

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