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【ロッテ】最後のマウンドは突然に 小林雅英投手コーチが選手たちに伝えたいこと

6/7(水) 7:00配信

文春オンライン

「まさか」だったマリンでの最後のマウンド

 まさかそれが今まで何度も上ったマリンでの最後のマウンドになるとは夢にも思わなかった。マリーンズの小林雅英現一軍投手コーチが最後に慣れ親しんだ古巣のマウンドで投げたのは2011年4月27日のデーゲーム。08年にメジャー挑戦後、ジャイアンツを経てバファローズに入団をしていた。4点ビハインドの七回だった。

 先発投手がこの回、2者連続四球で降板をするとブルペンにいる左の吉野誠投手に登板指示が飛んだ。左の神戸拓光外野手と対戦し、次の今江敏晃内野手で右の小林雅英を投入。そういう作戦だった。

 リリーフカーに乗った吉野を見送り、ブルペンに戻ろうとするとまさかのアナウンスが流れた。「ピッチャー寺原に代わりまして小林雅英!」。ブルペンにいる誰もが焦った。おそらく状況としては岡田彰布監督が間違って球審に告げてしまったのだろうと推測されたが、もう後の祭り。呼ばれたからには行かなくてはいけない。

 グラウンドに目を向けると、リリーフーカーは、まだマウンド付近。審判も怪訝な雰囲気を醸し出している。「行ってきてくれ!」。周囲から声が飛ぶと躊躇せず、走って飛び出した。“幕張の防波堤”の異名を持ち、何度もこのマウンドに向かった。しかし車に乗らずブルペンから走っていったのは初めての事だった。そして、それが最後のマウンドとなってしまった。このスタジアムでの205回目の登板だった。

「あれが200回以上投げたマリンでの最後のマウンドだからね。オレもまさかそういう終わり方をするとは思ってもいなかったよ」

 しんみりとすることはない。それが小林雅英の性格。だからマリンのマウンドに別れを告げたシーンを振り返る時もケラケラと笑っていた。準備不足で臨んだ登板は散々だった。1回を被安打2、2四球、2失点。

 結局、その数日後に仙台でもう1試合だけ投げ、5月2日に二軍落ち。一軍に戻ることはなくそのシーズン限りでユニフォームを脱いだ。228セーブ。名球会まであと22セーブまで迫っていた男は引退試合を行うこともなく静かに現役に別れを告げた。

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