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名品・焼き牡蠣の旨みは、愛と情熱の総合力

6/7(水) 11:10配信

Wedge

 広島市中心部から南西に車で20分余り。高台にある江波山(えばやま)公園の中に、瀟洒(しょうしゃ)なロッジ風の建物が。店の入り口には、牡蠣(かき)のシーズンを示す旗や幟(のぼり)が掲げられている。

 フレンチレストラン「シェ・ヤマライ」は、とりわけ焼き牡蠣の美味さに定評がある。地元のテレビ局による調査で「牡蠣の美味しい店1位」に選ばれたこともあるそうだ。

 私たちが取材に訪れたのは、日曜日。飲食店は普通、来客数が多い週末の取材を避けたがる。ところが今回は、店側の強い希望で日曜日に行われることになった。

 「スタッフ全員が顔を揃えるんですよ、日曜は。せっかくの機会ですから、全員揃った写真を載せてもらいたいと思って」

 代表の山口成之(なるゆき)さんが、よく通る大きな声で説明する。そこで、まずは公園内でスタッフ全員の撮影を行った。和気藹々(あいあい)の雰囲気。このチームワークの良さは間違いなく客に伝わり、リピーターを増やしているに違いない。そう感想を伝えると、
 「レストランは総合力なんです! 建物の雰囲気、サービスマンの気持ち、料理。この3つが揃わないと、長く続きません」
 と、笑みを見せた。

 創業は明治33年(1900)。当地の名士・山岡来次郎(らいじろう)氏とその親族である松谷(まつたに)家が、お汁粉や酒を出す茶店として開いた。店名は、山岡氏の通称から。

 「そのうち食べ物に力を注ぎ始め、小料理屋の体裁を取るようになりました。
 戦時中は軍によって撤去されました。記録や写真はないんですが、この公園を散歩していたご老人から聞いたところ、建物は壊されて大砲が設置されたそうです。原爆が投下された時は、江波山にもガラスの破片などが飛んできたという話です」

戦後の土地改革で江波山は公園に

 終戦後、跡を継いだ松谷夏女史はいち早く店を再開。これが功を奏した。というのも、市は土地を接収して公園とした。その際、すでに営業していた店舗に立ち退きを強制することはできず、既得権として営業を認めてくれたからだ。

 店の業態が大きく変わったのは、夏女史の息子・松谷全徳(ぜんとく)さんがドイツ留学から帰国してから。昭和40年代初頭にフレンチレストランに生まれ変わり、現在の店舗の基礎が建てられた。全徳さんは精力的に事業を拡大し、他にも市内に5店舗をオープンさせた。

 「僕の入社は、昭和57年(1982)。高校を卒業して1年間調理師学校に通って入社したんです。当時のシェフからは、料理への強い息遣いを学びました」

 全徳さんは店の経営に燃えていた。一方で厨房のスタッフも、料理に情熱を注いでいた。熱い男同士の議論はしばしば激しくなり、やがてシェフが店を去ることになった。その後釜(あとがま)として白羽の矢が立ったのが、入社間もない山口さんだった。

 「僕がやっと21歳になる年のことですよ。それでも引き受けたのは、怖いもの知らずだったからでしょうね(笑)。

 もっと驚いたのは、24歳の時。全徳さんが、広島を離れることになったんです。全徳さんは他の店舗は畳んだんですが、原点ともいえる江波山の店だけは残したかったようです。そこで僕に、店を任せたいという話を持ちかけてきて。僕は、経営の方はさっぱり。帳簿のつけ方さえ分かりませんでした。でも引き受けたのは……やっぱり怖いもの知らずだったんでしょうね(苦笑)」

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最終更新:6/7(水) 11:10
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